その手を、もう離さない


その日の昼休みは、いつもより静かだった。

気まずいわけではない。

話すことがないわけでもない。

けれど美都は、さっきからずっと同じことを考えていた。

――名前を呼びたい。

それだけだ。

たったそれだけなのに難しい。

翡翠は何度も自分の名前を呼んでくれる。

最初は慣れなかった。

今でも少し照れる。

けれど、その度に嬉しくなる自分がいる。

だからだろうか。

最近は自分も呼びたいと思うようになっていた。

翡翠、と。

ただそれだけ。

本当にそれだけなのに口に出せない。

付き合う前なら平気だったかもしれない。

けれど今は駄目だ。

好きだと認めているから。

恋人だと知っているから。

名前を呼ぶことにさえ特別な意味を感じてしまう。

我ながら面倒だと思う。

けれど、それが本音だった。