市場では、たくさんのテントが立ち並んでいて、食べ物や日用品、古着や外国語の聖書、発行から一ヶ月ほどたった新聞まで売っている。
いくつかのテントや露店を冷やかしながら、日持ちがする根菜類と、すぐに食べる葉野菜を買い、チーズを売っているテントに行ってみる。
「おっ、奥さん、よく来てくれたね。ちょうど、珍しいチーズが入ったところだよ」
チーズ屋さんはご主人が店に出ていた。
この人には最初に会った時には『お嬢ちゃん』と呼ばれてしまったが、私が既婚だというとそれからは律儀に奥さんと呼んでくれている。
この時私はれっきとした人妻だったから、内心かなり憤慨したが、十三歳の少女が人妻だなんて、今頃はそうそうない話だ。よほどお金持ちの歴史ある家族や、今はこの国にはいないけれど王族のお姫様くらいだろう。
「実は、新しい仕入れのルートができたから、これからは珍しいチーズも店に置いてみることにしたんだよ」
そう言って、チーズ屋さんのご主人は、食べ頃のラクダのチーズを勧めてくれた。
店主さんおすすめのラクダのチーズを買って、次は隣のハムのテントで、思い切って一番高い生ハムを買った。
生ハムは生まれ故郷にいたころは幼かったので食べさせてもらえず、故郷の少ない思い出の一つで、父に『生ハムが食べたい』と言ってわあわあ泣いたことがあった。
そんな事を思い出して、生ハムの塊を受け取りながらクスリと笑った。
今は生ハムも自由に食べられるし、夫が亡くなったすぐあとは、もう二度と笑う事はないと思っていたのに、こうして一人で微笑んだりもする。
今日はいつも以上に気分が落ち込んでいたけど、買い物のおかげで、ちょっとだけ気分が持ち直した。
(さっき墓地で見かけた人も、少しは元気になっていると良いな……)
私はそう思いながら市場を出た。
市場から歩いて三十分ほどの場所にある家に、今は私一人で住んでいる。
馬車が入れない細い道に面した小さな二階建ての家。
この家を譲ってくれたステファノの親戚は『小さい子供が外に飛び出しても安全だからね』と言っていた。そう、この家は二番目の夫、ステファノと二人で住んでいた家なのだ。
玄関の両脇のほんの小さな地面に植えたピンクのツルバラが、二階の窓の前まで届き、小さな蕾をたくさん付けている。
あと一ヶ月もしたら、このバラは咲き始めるだろう。
一人で遅い昼食を済ませて今日の新聞を広げた時、玄関のノッカーがガンガンと叩かれる音がした。
「アニエス、アニエスー! 居るの?」
近所に住むマグダレーナおばさまの大きな声がした。この人は、二番目の夫ステファノの親戚だ。
「マグダレーナおばさま、何かご用ですか?」
私は、つとめて歓迎しているような声で応じた。
「あるんだよ。ちょっと入らせてもらっていいかい?」
おばさまは、そう言いながらもズカズカと玄関を突き抜けてリビングにやって来た。
「ええ、どうぞ。お茶をお入れしますね」
私がそう言った時には、彼女はもう、リビングのもう一つの椅子にどっこいしょと腰を下ろそうとしていた。安物の椅子がギシっと軋んだ。
彼女は、厄介かつ、親愛なる隣人だ。少し考えて、二度目の結婚のお祝いにマグダレーナおばさまにもらったカップを温めて、二人分の紅茶を入れ、昨日焼いたクッキーも添えた。
「ありがとう。あら、このカップ、気に入ってくれたのね」
「はい。いつも使っています」
「それは良かった。ねえ、あんた、ステファノがあんなことになってやっとニ年経ったばっかりだけど、再婚してみてはどうだい?」
おばさまは、ティーカップの持ち手に手をかけたまま、突然言った。
いくつかのテントや露店を冷やかしながら、日持ちがする根菜類と、すぐに食べる葉野菜を買い、チーズを売っているテントに行ってみる。
「おっ、奥さん、よく来てくれたね。ちょうど、珍しいチーズが入ったところだよ」
チーズ屋さんはご主人が店に出ていた。
この人には最初に会った時には『お嬢ちゃん』と呼ばれてしまったが、私が既婚だというとそれからは律儀に奥さんと呼んでくれている。
この時私はれっきとした人妻だったから、内心かなり憤慨したが、十三歳の少女が人妻だなんて、今頃はそうそうない話だ。よほどお金持ちの歴史ある家族や、今はこの国にはいないけれど王族のお姫様くらいだろう。
「実は、新しい仕入れのルートができたから、これからは珍しいチーズも店に置いてみることにしたんだよ」
そう言って、チーズ屋さんのご主人は、食べ頃のラクダのチーズを勧めてくれた。
店主さんおすすめのラクダのチーズを買って、次は隣のハムのテントで、思い切って一番高い生ハムを買った。
生ハムは生まれ故郷にいたころは幼かったので食べさせてもらえず、故郷の少ない思い出の一つで、父に『生ハムが食べたい』と言ってわあわあ泣いたことがあった。
そんな事を思い出して、生ハムの塊を受け取りながらクスリと笑った。
今は生ハムも自由に食べられるし、夫が亡くなったすぐあとは、もう二度と笑う事はないと思っていたのに、こうして一人で微笑んだりもする。
今日はいつも以上に気分が落ち込んでいたけど、買い物のおかげで、ちょっとだけ気分が持ち直した。
(さっき墓地で見かけた人も、少しは元気になっていると良いな……)
私はそう思いながら市場を出た。
市場から歩いて三十分ほどの場所にある家に、今は私一人で住んでいる。
馬車が入れない細い道に面した小さな二階建ての家。
この家を譲ってくれたステファノの親戚は『小さい子供が外に飛び出しても安全だからね』と言っていた。そう、この家は二番目の夫、ステファノと二人で住んでいた家なのだ。
玄関の両脇のほんの小さな地面に植えたピンクのツルバラが、二階の窓の前まで届き、小さな蕾をたくさん付けている。
あと一ヶ月もしたら、このバラは咲き始めるだろう。
一人で遅い昼食を済ませて今日の新聞を広げた時、玄関のノッカーがガンガンと叩かれる音がした。
「アニエス、アニエスー! 居るの?」
近所に住むマグダレーナおばさまの大きな声がした。この人は、二番目の夫ステファノの親戚だ。
「マグダレーナおばさま、何かご用ですか?」
私は、つとめて歓迎しているような声で応じた。
「あるんだよ。ちょっと入らせてもらっていいかい?」
おばさまは、そう言いながらもズカズカと玄関を突き抜けてリビングにやって来た。
「ええ、どうぞ。お茶をお入れしますね」
私がそう言った時には、彼女はもう、リビングのもう一つの椅子にどっこいしょと腰を下ろそうとしていた。安物の椅子がギシっと軋んだ。
彼女は、厄介かつ、親愛なる隣人だ。少し考えて、二度目の結婚のお祝いにマグダレーナおばさまにもらったカップを温めて、二人分の紅茶を入れ、昨日焼いたクッキーも添えた。
「ありがとう。あら、このカップ、気に入ってくれたのね」
「はい。いつも使っています」
「それは良かった。ねえ、あんた、ステファノがあんなことになってやっとニ年経ったばっかりだけど、再婚してみてはどうだい?」
おばさまは、ティーカップの持ち手に手をかけたまま、突然言った。



