「はい、今日はここまで」
先生の声と同時に、教室の空気が一気にほどける。
椅子が動く音、カバンのファスナー、誰かの「おつかれー」。
放課後の匂いが広がっていく。
陽奈の教室に向かう途中、すれ違う生徒の声や笑いが遠くに流れていく。
その中を歩きながら、ふと思う。
——陽奈と出かけるの、いつぶりだろう。
たぶん、前に寄り道したのもずいぶん前で。
気づけば、放課後は“いつもの中庭”か、どちらかの帰り道ばかりになっていた。
それが当たり前になっていたことに、今さら気づく。
陽奈の教室の前に着くと、中からまだ少しざわざわした空気が漏れていた。
ドアの向こうに、陽奈の声が混じっている。
「え、ほんとに!見たい!」
その明るさに、胸の奥が少しだけ軽くなる。
——ちゃんと、そこにいる。
そう思った瞬間。
「りのん!」
陽奈がこちらに気づいて、ぱっと顔を輝かせた。
「迎えに来てくれたの?」
その言い方が、少しだけ嬉しそうで。
私は小さくうなずく。
「うん。一緒に行こ」
陽奈は一瞬だけ目を丸くして、それから笑った。
「なにそれ、かわいい」
そんな何気ない一言なのに、胸の奥が少しだけ熱くなる。
——陽奈と出かけるの、いつぶりかな。
そう思いながら、私は隣に並ぶ陽奈の歩幅にそっと合わせた。 陽奈に腕を引かれて、廊下を歩き出そうとしたその
ときだった。
「……あ、鈴野?」
後ろから声が飛ぶ。 振り返ると、柏木くんが少しだけ困った顔をして立っていた。
「さっき4組の男子から預かったんだけど」
「これ、渡しといてって」
ぽん、と軽く差し出された封筒。
淡い色の、小さな封筒。 名前だけが丁寧に書かれている。
「……たぶん、ラブレター的なやつ」
柏木くんは少し気まずそうに笑った。
陽奈は一瞬だけ目を丸くして、すぐに「あー、ありがと!」と笑う。
受け取る動きに迷いがない。 慣れているみたいだった。
でもわたしは、その封筒から目を離せなかった。
——こういうの、陽奈には普通なんだ。
陽奈は特に気にした様子もなく、封筒をカバンにしまう。
「りのん、カフェ行こ!」
「……うん」
返事はしたのに、少しだけ遅れる。
歩き出しながら、頭の中に残るのは封筒そのものじゃなくて。
それを“いつものこと”みたいに受け取る陽奈の横顔だった。
ふと視線を上げる。
廊下の先。 柏木湊の背中が見えた。
振り返ることもなく、そのまま人混みの向こうへ消えていく。
ただそれだけなのに。
さっきの封筒と、なぜか同じ場所に記憶されていく気がした。

