春は眩しくて、届かない




「ていうかさー!」



お弁当を開きながら、陽奈がふと思い出したみたいに声を上げる。



「柏木くんって、りのんの名前知ってたんだね!」



「そうだね。驚いた、あんな有名な人に覚えられてるなんて」



陽奈が少し身を乗り出す。



「柏木くんって、思ったより話しやすそうじゃなかった?」



「……そう?」



「うん。もっと冷たい感じかと思ってた」



陽奈はそう言って、小さく笑う。



「なんかずっと“近寄りがたいイケメン”って感じだったじゃん?」



「毎日告白されてる人、みたいな」



「そうそう!」



笑う陽奈を見ながら、私は曖昧にうなずいた。


春の風が、ふわりと髪を揺らす。



「でもさ、今日ちょっと意外だった」



「え?」



「ちゃんと喋るんだなーって」



陽奈はジュースのストローをくるくる回しながら続ける。



「あと、なんか雰囲気ゆるいよね」



その横顔は、ただの興味に見えた。


周りの人が見るような目ではないし恋なんかじゃない。


でも、“知らなかった誰かを知った”みたいな顔だった。



「同じクラスだし、これからも話すかも」



私は、



「……そうだね」



それだけ返して、私は小さくお茶を飲んだ。


遠くで予鈴が鳴る。



「やば、もう戻んなきゃ!」



陽奈は慌てたように立ち上がった。



「ひな次なんだっけ?」



「英語っていってたじゃん」



「あー、眠くなるやつだ」



「まだ始業式の日だよ」



「でも眠いもん」



そんなくだらないやり取りに、思わず笑ってしまう。


私たちはいつもの場所で、いつも通りの会話をした。


春の風が吹いて、木々が揺れる。


隣には陽奈がいて、私はちゃんと笑えている。


だからきっと、大丈夫って思いこんだ。



「じゃ、またあとでね!」


陽奈はいつもの調子で手を振る。


私も小さく振り返した。