『ほら、口にチョコがついてるよ』
夢中でカフェモカを吸い込むあたしの口元を紙ナフキンで拭った里央が、突然隣の女性客に顔を向けた。
そして、ニコッと口角を上げたんだ。
『ごめんね。ウエストウッドは写真NGなんだ。僕との思い出は、心だけに保存しておいてね』
ウインクした里央に、店内のあちらこちらから黄色い声があがった。突然のことに、唖然と口を開いて辺りを見回す。
解放されたストローが、くるりと回った。
あたしは気づかなかったんだ。
このコーヒーショップに里央が入った瞬間から、女性客のほとんどが里央に視線を向けていたこと。騒がしい店内にも表情一つ変えずに、里央はあたしに向き直って、にっこりと笑った。
まるで、他の人よりも、あたしのことが特別みたいだ。
カランコロンカランコロン。
店のドアベルが響いて、汗だくのスーツを着た男が走ってくる。
『里央くん、お疲れさまです!見つけてくださって、助かりました』
『青木さん、お疲れさまです。あいくはちゃんといい子にしてましたよ』
ポンコツ青木と半日ぶりの再会だったけど、特に視線を送る事もしなかった。あたしはズルズルとカフェモカを吸い込みながら、じっと天使里央を見つめていたんだ。
里央の放つ、柔らかくてふわふわして夢心地なオーラが掴みきれなくて、観察するように見ていた。
現在に舞い戻れば、里央があたしの顔を覗き込んだ。瞳は限りなくミルキーブラウンの色が続いていて、心の底まで見られているみたい。
「緊張してる?」
「別に……っ」
「大丈夫。僕がほぐしてあげるから」
あたしの手を優しく包み込んで、引き寄せる。里央がネイルの施された指先に、そっと唇を落とす。
「天使のご加護がありますように」
天使の息吹が降り掛かれば、命が宿るように薬指のジュエルがきらめいた。あたしと里央は初めて出会ってから何時間も経過して、今柔らかなベッドの上で抱き合っているんだ。
