指先の距離〜歯医者さんの名前が呼べなくて〜

 歯科医院での家族ぐるみの食事会。


 「私のことアンタの女だって?」


 明るい姉は、腹を抱えて笑っている。
 ピンクの長い爪をした手で、先生の肩を叩いてる。


 (良かった……あの人だ)


 かおるは大きな息を漏らし、肩の力が抜けるのを感じる。
 先生は大きなため息をついた。


 「姉さんの距離が近すぎるから」

 「うふふ。だってかわいい弟だから! ねえ、立花さん。コイツほんと甘えん坊だから気をつけて!」

 「姉さん」


 ◆


 かおるを横目で見て、先生はクスクスと笑っている。


 「先生、どうしたんですか」


 人懐っこい笑顔を浮かべながら、かおるの顔をじっと見下ろしている。


 「かおるさんは、わかりやすい人だね」


 先生は、かおるの手を繋いだ。
 細長い指先をからめ、ぎゅっと大きな手のひらでつつみ込む。


 (……あ、やっぱり……)


 先生の指先の感覚に肩が小さく震えた。


 「どうかした?」

 「い、いえ……」


 午後の日差しは柔らかな温かさがこもり、吹く風は涼やか。




 二人で近くの河川敷で桜を見上げる。
 都内でも有名な桜の名所。
 ひらり、はらり。
 花びらが舞う。
 ふいに花びらが手の平の中に落ちる。


 (どうしてかな……こんなに花びらが綺麗に見えるなんて)


 花びらを見つめながら、かおるは静かに微笑んだ。


 「桜、きれいだね」


 先生は、幾重にも枝が重なった薄紅のアーチを通る。


 「これで、また前進したね」


 先生は、かおるの手を自分の顔をに引き寄せながら言った。


 「君のことをまた一つ知れた」


 先生は静かにささやく。
 かおるの手の甲に軽く口づけた。


 「ねぇ――かおるさん、ぼくと結婚しようよ」


 風が吹く。
 桜の花びらの中で、先生の横顔を見た。