「こんにちは、立花さん」
「先生、こんにちは」
展覧会は茶道具の歴史と展示で、私が所属する流派の家元が直々に来る。家元への挨拶もかねて、この展示には参加しなければならなかった。
「着物、似合っていますよ。素敵だね」
藍染の着物姿。
並んで歩く私の横で、頭一つ背の高い先生は恥ずかしげもなく言う。
「え、いや……そうですか?」
先生は柔らかなカーディガンをまといながら、肩のふれる近さで「うん」と言う。
「大和撫子、って感じ。立花さんは、かわいいしね」
美術館の展示をよく見るつもりだったのに、私は気恥ずかしさで頭の中が真っ白になる。先生も展示などには1ミリも興味がなさそうで、私の顔をじっと見つめたり、手が触れるなど距離を縮めてくる。
(え? 先生ってまさか私を狙ってる……? 困ったわ、教室の生徒だし……これからも顔を合わせるのに。私ったら、甘かったわ……)
見た目は清潔感のある黒髪の歯医者さん。
しかし、けっこう遊び人なのかもしれない。医者って周りは女のスタッフばかりだし、肩書でモテるから。早く帰らないと――と、家元への挨拶を済ませて、早々に展覧会を後にしようとした。
「立花さん、待って。ぼくは車で来たんだ。駅まで送っていくよ」
男性経験がないわけではない。二十代後半。平均的な恋愛もしてきた。ウブな処女でもないのに、その時の私は先生の甘い罠にいとも簡単に引っかかった。
――巧みな話術。スマートな段取り。
乗車し、駅までのドライブは、区内のドライブになっていた。彼の二転三転する話術で、オシャレなレストランでディナーまでご馳走になり、最後はバーまでついて行ってしまった。
――女性を変に警戒させない、自然な距離感。
久しぶりに酔いしれた私は、カウンターにうつ伏した。先生はグラスを傾けながら、優しく微笑んでいる。
「立花さん……大丈夫?」
「ちょっと、着物が苦しくて」
「それは良くないよ。ぼくが見てあげるから、ほら楽にして」
先生はさすが医者だからか、安心感のある声音でささやいた。
混濁する視界の中、先生のグラスを持つ細い指先だけが目に入った。
「せ、先生……!」
私が目を開けた時は、先生とベッドの中にいた。脱ぎ捨てられた着物。サイドテーブルに置かれたメガネ。素肌で感じる体温。
「立花さん、起きました? びっくりしたでしょう? でも、ぼくは襲ったわけではないんです。気づいたらこんなことになってしまいましたね」
淡々と先生は説明した。
ニコニコと微笑んでいる。
「立花さんが嫌でなければ、ぼくと付き合いませんか?」
「……あの」
「身体の相性も良い、だめですか?」
「だめとかそれ以前に、あの、先生」
「順番は逆になってしまいましたが、身体の相性がわかって良かったと思いませんか?」
取り残された私を一人残し、手際良く先生は二人の交際関係を進める。彼の言葉には、不思議と抵抗できない強さがある。
「好きです、立花さん。試しに1ヶ月だけ付き合ってみませんか。絶対に後悔はさせませんから」
先生は優しく私の頬に口づけた。私は先生のことを好きなのか嫌いなのかもわからないのに、気づけば首を縦にふっている。
(こ、これも人生経験の一つよ……減るもんじゃないし)
私と先生の1ヶ月だけの交際がスタートした。
「先生、こんにちは」
展覧会は茶道具の歴史と展示で、私が所属する流派の家元が直々に来る。家元への挨拶もかねて、この展示には参加しなければならなかった。
「着物、似合っていますよ。素敵だね」
藍染の着物姿。
並んで歩く私の横で、頭一つ背の高い先生は恥ずかしげもなく言う。
「え、いや……そうですか?」
先生は柔らかなカーディガンをまといながら、肩のふれる近さで「うん」と言う。
「大和撫子、って感じ。立花さんは、かわいいしね」
美術館の展示をよく見るつもりだったのに、私は気恥ずかしさで頭の中が真っ白になる。先生も展示などには1ミリも興味がなさそうで、私の顔をじっと見つめたり、手が触れるなど距離を縮めてくる。
(え? 先生ってまさか私を狙ってる……? 困ったわ、教室の生徒だし……これからも顔を合わせるのに。私ったら、甘かったわ……)
見た目は清潔感のある黒髪の歯医者さん。
しかし、けっこう遊び人なのかもしれない。医者って周りは女のスタッフばかりだし、肩書でモテるから。早く帰らないと――と、家元への挨拶を済ませて、早々に展覧会を後にしようとした。
「立花さん、待って。ぼくは車で来たんだ。駅まで送っていくよ」
男性経験がないわけではない。二十代後半。平均的な恋愛もしてきた。ウブな処女でもないのに、その時の私は先生の甘い罠にいとも簡単に引っかかった。
――巧みな話術。スマートな段取り。
乗車し、駅までのドライブは、区内のドライブになっていた。彼の二転三転する話術で、オシャレなレストランでディナーまでご馳走になり、最後はバーまでついて行ってしまった。
――女性を変に警戒させない、自然な距離感。
久しぶりに酔いしれた私は、カウンターにうつ伏した。先生はグラスを傾けながら、優しく微笑んでいる。
「立花さん……大丈夫?」
「ちょっと、着物が苦しくて」
「それは良くないよ。ぼくが見てあげるから、ほら楽にして」
先生はさすが医者だからか、安心感のある声音でささやいた。
混濁する視界の中、先生のグラスを持つ細い指先だけが目に入った。
「せ、先生……!」
私が目を開けた時は、先生とベッドの中にいた。脱ぎ捨てられた着物。サイドテーブルに置かれたメガネ。素肌で感じる体温。
「立花さん、起きました? びっくりしたでしょう? でも、ぼくは襲ったわけではないんです。気づいたらこんなことになってしまいましたね」
淡々と先生は説明した。
ニコニコと微笑んでいる。
「立花さんが嫌でなければ、ぼくと付き合いませんか?」
「……あの」
「身体の相性も良い、だめですか?」
「だめとかそれ以前に、あの、先生」
「順番は逆になってしまいましたが、身体の相性がわかって良かったと思いませんか?」
取り残された私を一人残し、手際良く先生は二人の交際関係を進める。彼の言葉には、不思議と抵抗できない強さがある。
「好きです、立花さん。試しに1ヶ月だけ付き合ってみませんか。絶対に後悔はさせませんから」
先生は優しく私の頬に口づけた。私は先生のことを好きなのか嫌いなのかもわからないのに、気づけば首を縦にふっている。
(こ、これも人生経験の一つよ……減るもんじゃないし)
私と先生の1ヶ月だけの交際がスタートした。
