文豪の楽園








その2日後の昼、私は先生の家を訪ねた。
家主はこの日も玄関から出迎えてくれなかったので、私は裏に回り込むことになった。例のごとく、縁側は開け放たれており、先生は奥の書斎で何やら真剣な面持ちで図鑑のようなものを読み込んでいるようだった。


声をかけると先生は、慣れた様子で「日比野くんか」と言った。次の拍子には「柴漬けはあるか」とまっすぐ私を見る。


「先生、家にいるなら玄関開けてくださいよ。
私、嫌ですよ裏からこそこそ入ってくるの。まるで泥棒みたいじゃないですか」

言いながら柴漬けを先生へ渡す。

「お、ありがとう」

先生は大事そうに柴漬けを受け取ると、にっこりと微笑んだ。

「これがないと僕は死んでしまうんだよ。塩分補給は命より大事だからね。あ、そうだ。君のために裏にも下駄箱を置いておくとしよう。君はそっちが玄関だと思っているようだから」

いやその前に玄関を開けてくださいよ、という言葉を飲み込んで私は迷いながらももうひとつ鞄から取り出す。

「あと、これなんですけど」

「なんだいこれは?」

「ええと、先生にこのことを言おうかどうかすごく迷ったんですけど、私にはどうすることもできなくてですね……」

「気味悪いよそんなに勿体ぶって。僕宛ての手紙のようだけど、開けてもいいんだね?」

「……はい」

私は怒られた子供のように下から先生を見上げた。


「……ほう。これは」

「えっと、うちの出版社に届いた脅迫状です。先生宛だったのですが、確認のために先に開けさせてもらいました。先生には来週サイン会に来てもらう予定だったので、それまでに犯人が分かればと思って、色々調べてみたんですけれど、結局誰が送ってきたのかが分からなくて……それで」

「日比野くん。君はこれを読んで誰が送ったのか分からなかったのかい?」


「え? 犯人がわかるんですか?」

思わず前のめになる。

「うーん。どうだろうか」

「分からないんですね……」

「そう明らかに落胆しないでくれよ。まあこんなのはただのイタズラみたいなものだよ。気にしないことだね」

「でももし先生に何ああったらと思うと」

「何かあったら君が助けてくれるのかい?」

「先生からすると頼りないと思うんですけど……」


先生は大きなため息をついて、柴漬けを開封した。文机から爪楊枝が出てきて、それで刺して食べている。
私たちの間には、漬物を咀嚼する音だけが響いた。


「いいかい日比野くん。この手紙をもう一度読んでみるといい」

先生は爪楊枝の先で脅迫状を指した。

「誰が送ったのかは分からないが、どんな人が送ったのかは想像がつく」