星降る夜に、あの日のキスをもう一度


「ヒィズルから急に帰国するきっかけになった祖父の危篤は嘘でした。けれど帰って間もなく、わたくしに当主の座が譲られることになったんです。祖父と呼んでいますが、実際はわたくしは養女で、祖父は書類上は養父でしたから。本当の権利はグレンのものなのに、年齢などの関係でわたくしが受けるしかなかったのです」

 危篤だったはずの祖父は、憎たらしいくらいピンピンしていた。
 でもその一年後、眠るように息を引き取った。孫の勘当取り消しと墓の移動、その他もろもろの手続きを終えた後で。
 まさに立つ鳥跡を濁さずの完璧な幕引きだ。

「でも正当な権利を持っているのはグレンです。彼に譲る前に、もしわたくしがうっかり結婚なんかして、夫を残して死んでしまったら? もし万が一子供でも生まれたら? 当主の座は夫や子供に行ってしまいます」

 実際には今年グレンが三十歳になり、アンジェラが四十歳になる二日後。今まで預かっていたドランベル当主の座は、正当な権利の持ち主であるグレンの手に渡ることになっている。

 もともとアンジェラは、その後は適当なタイミングでどこかに消えようと思っていたから、ここに来たことも、またここで死ぬであろうことも運命なのだと考えていた。ナタリーの出産後の手伝いはしたかったし、メロディとももっと仲良くなりたかったけれど、アンジェラがしなくてはいけないことはこれで全部終わりのはずだ。

「ですからわたくしは、そんなことは出来ません」

 結婚する意志はないと言ったつもりのアンジェラに対し、コンラッドは何か見透かすような目をして一言、「なるほど」と頷く。
 その様子に、(もうすぐわたくしが当主ではなくなるなんて知らないわよね?)と不安になったけれど、もうこの話は終わりだという意味でにっこり笑った。

「旦那様。朝食の時間がすっかり遅くなりましたわ。もう戻りましょう」
「そうですね」

 そして、先導するように前を歩くコンラッドの背中を見て、アンジェラは静かにため息を吐いた。

 本当は、前を歩くコンラッドの背中に手を伸ばしたい。
 走り寄ってその背に頬を寄せて、彼の熱を感じたい。
 本当はもう一度だけキスをしてほしい。

 急速に溢れてくるそんなふしだらな願いをねじ伏せて、絶対に悟られないよう厳重にベールで被う。