星降る夜に、あの日のキスをもう一度

 コンラッドはあの日、『これは命令だ』と言った父の顔を思い出す。
 縁談はいくつもあった。それまでは誰を選んでもいいとまで言われたのに急に事態が変わったのは、事業が少し下降気味だったところに、父の恩人に恩を売れる機会があったからだったのだろう。

「実際、私がソニアと結婚をすれば、事業の点で大いに利点がありました。でもあの時の私には、事業のことや父が売りたい恩よりも、今にも殺されそうになっているお腹の子供が気になったんです」

 はじめて会ったソニアは、青白い人形のように見えた。
 コンラッド同様、父親の決めた縁談に納得などしていなかったのだろう。
 恋人だった男が消えて以来、ソニアは食事もロクに取らず、突然泣き叫んだり、浴室に飛び込み冷たい水を腹にかけたりしていたそうだ。まるで、腹の子がいなくなれば男が戻ってくるのだと信じている節があった。

 だが彼女の母親はソニアを出産後は妊娠が難しく、度重なる流産で体と心が弱って早くに亡くなっていた。そんなこともあって父親であるグリン氏は、ソニアも一度しか出産はできないのではと危惧していたらしい。もし腹の子が流れたとしても、このままではソニアの命が危険だろうと。

『相手の男を探すことをを諦めたわけではない。だが、逃げた事実や世間体を考えると、責任を取らせることは難しいだろう……』

 だから条件がよく、まだ結婚する気がないように見えたコンラッドに、形だけでもソニアの夫になってもらえたらと思ったらしい。しかし、娘の常軌を逸した姿に頭を抱えたグリン氏が、コンラッドには小さく見えた。


「ソニアのお腹はまだ全然目立っていませんでした。言われなければ、妊娠していることなんてわからなかったくらいです。でも魂が抜けたように座っているソニアを見たとき、そこに宿っているはずの命が、突然キリやナズナの姿に重なりました。私は唐突に、この子の父親にならなければと、なぜかそう思ったんです」

 逃げようと思わなかったわけではない。自分には関係のない女だ。
 当主の命令は強いが、それに背いても現代では勘当されるくらいで、命がなくなるわけではない。
 むしろすべてのしがらみを捨てて自由になれる。
 そんな魅力さえ感じられた。
 しかしソニアの目を見たときに、コンラッドはハッとした。彼女の目はスミレと、そしてアンジェラと同じ灰色だったのだ。

「ソニアの目を見たとき、スミレの言った言葉を思い出しました」


 コンラッドはヒィズルで過ごした頃、キリとナズナがスミレの上の兄(もしくは姉)の残した子だということは聞いていた。
 ある時スミレと同じように、親を亡くした子供を引き取る仲間がいた。ただ彼の場合その子供たちとは血のつながりがなかった為、コンラッドにはどうしてそんなことができるのかと、純粋に不思議に思ったことがあったのだ。
 口には出さなくてもスミレはそれを察したのだろう。

『血のつながりってそんなに重要かしら? 自分が受けたものを誰かに返していく。それは人としてごく自然な行いだと思うのだけれど』

 そう言って何でもないように笑うスミレの姿にコンラッドは、スミレたちにも血のつながりはないのだと察し、大きな衝撃を受けた。