星降る夜に、あの日のキスをもう一度

 りんごを買うかのような気楽な口調の男は、マントのフードで顔は見えなかった。
 アンジェラを買ってもお釣りがくるほど大勝ちしたリンは、約束だからとアンジェラだけを連れて行った。助けてくれた理由は、彼が見えたアンジェラも知らなかった特別な力のためだと教えてくれたけれど、広い世界に連れ出してくれた彼は、間違いなく恩人だ。

 盲目的に彼を信じた。
 一緒に戦い、守った。
 たぶん唯一と言えるほど、前々世のアンジェラには家族に等しい人だった。七歳しか年は違わなかったけれど、彼に理想の父親を重ねていたのだと思う。

 すべてが終わると、リンは故郷に帰った。

『一緒に連れていけたらいいのに』

 その言葉だけで、十分報われた。
 そして残された戦士たちが労われ、尊敬される中、――――アンジェラは捕らえられた。

 再生の力は万能ではない。死んだ者は蘇らせることはできない。そんなことは神でも無理だ。
 戦いの中で命を落としたものは大勢いる。家族を亡くしたものも。
 それは一概に魔獣や魔術師のせいではなかった――。

 ある者が、アンジェラの力は鴇の魔術師に近しいものだと言い、家族や友を失い理不尽な憎しみをぶつける相手にアンジェラを選んだ。ちょうどいい「贄」だったのだと今ならわかる。

 守ってくれる人はもういない。
 仲間だったはずの人も、救ったはずの人も、皆アンジェラに背を向けた。
 アンジェラが死ねば、長かった戦いの最後の仕上げが終わると、皆がそう信じた。

 自分が処刑された瞬間、命尽きる瞬間を今も覚えている。あの変わってしまった人々の顔を、目を、今も覚えている。
 記憶に苦しみもがく今世のアンジェラを助けてくれたのが、ヴィクトリアの祖父だ。

(そしてさっき、コンラッドにも救われた)

 そのことに気づく。
 この世界での記憶は強烈で、一人で立てない程心が傷ついていた。
 間に日本で生きた記憶を挟んでいるにもかかわらず、この世界が、この国がシェダイだと気づいただけで、どこか昏く冷たい場所に引きずり込まれそうだった。
 いつも怖い時には楽しい思い出で心を奮い立たせてきたけれど、あの時はそれを取り出すまでもなくコンラッドに支えられた。

 まるで一人で戦わなくてもいいような気持ちになり、その心地よい錯覚に首を振る。

(彼はただ優しい人。わたくしの中にスミレの影を見ていただけだとしてもね)

 エドガーには、前世のアンジェラがなんという名前だったのかも、ましてやどんな末路を辿ったかは言わなかった。希望を胸に抱いている勇者である彼を苦しめる必要はない。伝説は伝説として綺麗な姿になっているのだから、醜さなど見せるまでもない。もうずっと昔に終わったことなのだから、それでいい。

 前世のアンジェラは、リンという勇者の側にいた戦士の一人。
 それだけでいいのだ。