「先生。私ね、記憶力がいいのよ。――お母様は私が四歳の時に亡くなったけれど、お父様の話はいっぱいしてくれたわ。だから小さいころは、パパと、お父様という人がいることが普通だって思ってたの。でも――そうじゃないのよね。パパは私のためにお母様を押し付けられたのよ。近くにいる、ちょうどいい独身だったから」
「そう。可愛いあなたのパパになれて、パパは幸運だったわね」
実の父と育ての父の呼び方を変えているのは、アンジェラの子たちと同じだ。
とはいえ状況はまるで違う。
事情はどうあれ、結婚してコンラッドの子として生まれた娘に、母親がなんてことを吹き込むのだ!
一瞬怒りで手が震えたけれど、アンジェラはそれをキレイに押し隠した。
「メロディのお母様はすごい美人でしたものね」
「お母様を知ってるの?」
「ソニア、でしょう? 学生の頃見かけたことがあるわ。金髪巻き毛の綺麗な女の子」
「そうよ。あたり。綺麗な人だったの」
メロディは一瞬顔が輝いたあと泣きそうな顔になり、再びアンジェラの胸元にすり寄ってくる。ポツリポツリと語る言葉を総合すると、ソニアはメロディのことを「自分の娘」とは今一認識できていなかったようだ。子供の父親が消えたとき、心が壊れてしまったのだろう。
少女のまま日に日に弱っていったソニアは、正気に戻るとメロディに乱暴したという。
「お母様は、私のせいでお父様が消えたんだって言ったわ。私がいなければよかったって、お腹や太ももを強くつねったり叩かれたりしたの。怖かったけど、でもお母様は好きだったから、誰にも言えなかった」
母親が亡くなった時悲しかったけど、少しだけホッとした自分は悪い子なのだと、ずっと怖かったのだと小さく震える。
ソニアが亡くなり、周りにいる女性たちがコンラッドに向かってあからさまなアピールを始めるのを、幼いながらに理解していたメロディ。中には明らかにメロディを邪険にする女性も少なくなかったそうだ。
だから家庭教師もメイドも、コンラッドに色目を使うものは徹底的に排除した。
「もしパパが再婚したら、私は絶対すてられるもの」
「まさか」
「本当よ。血もつながらない子なんていらないわ。血がつながってても邪魔なのに」
目が冴えてきたのか、アンジェラの胸で隠れこもった声は泣き声だ。
「怖かったわね」
小さく頷く姿がいじらしい。
「でもね。ナタリー先生は特別なの。パパのことはかかしにしか見えないんですって。かかしってね、畑にあるあれよ。信じられなかったわ」
「そうねぇ。たしかにあのコは、兄と夫以外の男性は皆かかしらしいわ」
くるっと目を回して同調して見せれば、アンジェラの顔を見てメロディはクスクス笑った。



