星降る夜に、あの日のキスをもう一度

 アンジェラは表向き平静を装ってはいるけれど、頭の中は少しでも事態を把握しようとフル回転していた。

 窓の外に広がるのは空だ。間違いなく広大な青い空。
 そして狭い庭程度の野原の向こうには緑豊かな山の裾野――というには、少々険しい山肌が見下ろせる。

 仮の結論。どうやら広大な平地にあった邸宅の内――、
「この館だけが、どこかの山の上に移動した?」
 そう呟けば、頭上から「まさか」と返事が返ってくる。

 この国には家を飛ばすほどの竜巻は発生しない。だからいっそ、地震で館の周りが崩れたと考えたほうが自然なくらいだが(いや、それも全然自然ではないが)、どう見てもそこはどこか山、もしくは崖の上だった。その証拠に遥か下方に見慣れぬ街並みまで見える。
 メロディを連れたまま部屋の反対側の窓を覗いてみれば、そこには鬱蒼とした森があり、獣道のような細い道がその奥に続いているのが分かった。

 つい先刻までどんよりとした雨模様だったのに――と、遠くを見てみれば、森の向こうから、何か鳥のようなものがこちらに飛んでくるのに気付く。否、その黒い影は、どうみても鳥ではなかった。

「飛竜」
「なにっ?」

 アンジェラの呟きにコンラッドが訝しげに聞き返してくるが、説明をしている余裕はない。

「飛竜です。人が襲われかけてます。助けないと!」

 今、国では存在しないはずの真っ黒な飛竜が、大きな翼を広げて誰か人を追いかけていた。

「助けるって――おいっ」

 制止の声など無視だ。今は人命がかかっている。

「あれはまだ子どもです! 旦那様はメロディを守ってください!」

 万が一の時でも彼なら戦えるはずだ。

 ドアを大きく開けると、アンジェラはとっさに執事にドアの固定を命じ、外に飛び出した。

解錠(リ・ラプン)。大地の弓よ、天空の矢よ、わが手に」

 アンジェラは自分の武器の一つを呼び出す。ここがどこだかは分からないけれど、自分の一部でもある弓矢はきちんと手元に現れてくれた。

(ということは、ここは元の場所ときちんとつながっている?)

 周りの風景から異世界に飛ばされた可能性を考えていた。
 武器を召還できなければその辺の石でも枝でも使って応戦つもりだったが、やはり手に馴染んだ愛器は心強い。

 アンジェラの弓は弓でも、特殊加工を施した十字弓だ。それに力を注いだ矢を設置すると鋭く指笛を吹き、逃げる者の注意を引く。

(よし、気付いた)

 彼、もしくは彼女がこちらに走り出したのを確認し、アンジェラは飛竜に照準を合わせる。走ってきたのはまだ若い男性だった。

「中に入って」
「恩に着る!」

 何か懐かしさを感じた心を無視し、目の端で彼がドアに飛び込む瞬間、ギリギリまでひきつけた飛竜に矢を放った。