星降る夜に、あの日のキスをもう一度

「仕方がない。グラスだけを持って来てくれ」

 エドガーが何か言おうとする前にコンラッドはメイドにそう命じる。そして、受け取ったからのグラスを持つと、間もなく湧き出るように現れた水がグラスを満たした。

「すごいな……」
 エドガーが小さく呟く。

 水呼びは繊細な魔法だ。集中力がいるうえ大変めんどくさいため、昔はこの力をどれだけ自在に使えるかが権力につながったらしい。ただ、上下水道が発展した今ではほぼ使われることがない。

 コンラッドは片手でアンジェラの背を支えると、その唇にグラスを当てた。
 冷たい水で喉が潤うと、アンジェラは数回荒く息をついた。視界が開け、頭にも徐々に血が戻るのを感じる。礼を言って自分で座りなおすと、コンラッドの後ろでメロディが心配そうな目をしているのを見つけた。その表情があまりにも痛ましくて胸が痛む。

「メロディ」

 手を伸ばして彼女の名前を呼ぶと、彼女は子犬のようにまっすぐにアンジェラの元にやってきた。

「先生、大丈夫?」
「大丈夫よ。年甲斐もなく張り切っちゃったツケね」

 あえて明るく言い切ると、メロディは見る見るうちに目に涙をためた。

「アン先生、まだ三十九歳じゃない。パパより若いでしょ!」

 知っていたのかとアンジェラは目を見張り、幻視の魔法が無意味だったことに笑いがこみ上げる。しかもコンラッドより年下だと思われていたとは!

「なんで笑うの⁉」

「いえ。せっかくナタリーのお母さんらしく見せようと思って来たのに、と思ったらおかしくて」

「だって私、ナタリー先生からいつも、アン先生のことをいっぱい聞いてたもの。写真だって見せてもらってお顔も知ってたから、実際に会えるのをすっごく楽しみにしてたのよ。なのに来たのがおばあちゃんだったから、違う人が来ちゃったって思って」

「あー。それは申し訳ないことをしたわ」

 内心ナタリーに、説明不足よと文句を言いたい気持ちになったものの、あの状況では仕方なかったかと肩をすくめる。今朝だって起き上がるのが困難だったくらいなのだ。

「わたくしもメロディに会えて嬉しいわ」

 心からそう言うと、誰かが息を飲む音が聞こえた。
 メロディは色々な感情をどう納めていいのか分からないのだろう。目の前でもどかしそうに足を踏み鳴らすメロディがあまりにも子どもっぽくて、可愛くて。つい――そう、つい、抱き寄せてしまった。

 ためらいなく抱き返してくれる身体は小さくて頼りないけれど、とても暖かい。頭を撫でると、想像通り柔らかい金の髪に目を細めた。

(うちの娘はいい先生のようね)

 生徒から信頼されていることを感じ、アンジェラまでもが歓迎されていたことの喜びを十分かみしめると、まじめな表情に戻って顔を上げた。

 周りには驚いたような顔のメイド、一瞬眉を上げたあと穏やかに微笑む執事。それぞれ何か考え込んでいるような表情のエドガーとコンラッド。この館にいるのは、どうやらこれで全員のようだ。

「とりあえず、状況を整理しなくてはいけませんね」