溺愛狂瀾〜元恋人たちの襲来で、私たちの恋は狂いだす〜

「紬!! 瀬名くん!!」
静かな波の音をかき消すように、何十人もの大人の足音が砂浜に響き渡った。
懐中電灯の激しい光が、抱き合ったままの私たちを容赦なく照らし出す。
警察官たちがお父さんを抑える中、救急隊員が慌ただしく駆け寄ってきた。
「紬……! 頼む、無事だと言ってくれ……!」
遠くでボロボロになって泣き崩れているお父さんの姿が見える。
その横には、警察に事情聴取されている太陽と麗奈の姿もあった。
2人は自分たちが引き起こしたカーチェイスと、その結果起きた大事故の重大さに顔を真っ青にし、ガタガタと震えている。
「離して……っ! 蓮くんに触らないで!!」
救急隊員が蓮くんを担架に乗せようとした瞬間、私はその手を激しく振り払った。
私のその強い拒絶に、周囲の大人たちが一瞬、息を呑んで動きを止める。
かつての大人しくて、ただ守られるだけだった私の面影は、もうどこにもなかった。
「紬ちゃん、落ち着いて……! 彼は大怪我をしてるんだ、今すぐ病院に──」
「分かってます! でも、私を離さないで! 蓮くんの傍には、私がいるの!」
私は蓮くんの手を握ったまま、担架の横にぴたりと寄り添った。
蓮くんは意識が朦朧とする中で、私の声を聴き、安心したようにふっと口元を歪めて微笑んだ。
その時、私は遠くにいる太陽と麗奈を真っ直ぐに見据えた。
2人は、私のその冷徹で、どこか狂気を孕んだ瞳に射抜かれ、怯えたように肩をすくめる。
「太陽くん、麗奈ちゃん」
私の声は、夜の海風に乗って、驚くほど静かに彼らに届いた。
「あなたたちが何をバラしても、お父さんがどんな罪を犯していても、私たちはちっとも壊れなかったよ。……私たちはね、もうあなたたちの手が届かないくらい、遠いところへ行っちゃったの」
太陽が絶望したように目を見開き、麗奈は悔しそうに唇を噛み締めて涙を流した。
彼らがどんなに思い出や罠を武器に割り込もうとしても、私たちの「命懸けの溺愛」の前では、すべてがただの退屈なノイズでしかなかったのだ。



それから、数週間が経った。
大事故のニュースや父親の会社の不祥事は、一時的に世間を騒がせたけれど、私たちはそんな外の騒音を完全に無視して過ごした。
お父さんは罪を受け入れて警察の調査に応じ、太陽と麗奈は、危険運転と脅迫の容疑で学校を去ることになった。

そして、とある白い病室。
「紬、おいで」
ベッドの上に座る蓮くんが、両腕を広げて私を呼ぶ。
頭に白い包帯を巻いた彼の姿は、痛々しいはずなのに、まるで王座に座る王様のように尊大で、美しかった。
「蓮くん、はい。今日のご飯だよ」
私は笑顔で駆け寄り、彼の腕の中にすっぽりと収まった。
蓮くんの大きな手が、私の髪を優しく、愛おしそうになぞる。
私たちの関係は、大人たちに「異常だ」「カウンセリングが必要だ」と何度も言われた。
父親の因縁がある以上、一緒の部屋にいるべきではない、とも。
だけど、私が「蓮くんがいないなら、今すぐここから飛び降ります」と笑って窓に手をかけたあの日から、大人たちは私たちを引き離すのを諦めた。
私はもう、ただ甘やかされるだけの、無力なお姫様じゃない。
蓮くんの狂気を受け止め、彼を自分の足元に狂わせ続ける、この世界の女王様になったんだ。
「ねえ、紬。学校、退学になっちゃったね。世間の奴ら、俺たちのこと『狂ったカップル』って噂してるよ」
蓮くんは嬉しそうに目を細め、私の首筋に深く、深く唇を押し当てた。
自分のすべてを失ってでも、私を手に入れた悦びが、彼の全身から溢れ出している。
「いいじゃん、言わせておけば。私たちは、お互いがいればそれで世界一幸せなんだから」
私は蓮くんの頬に手を添え、今度は私の方から、狂おしいほどの熱いキスを贈った。
学校一のモテ男に溺愛される毎日。
それは一度、嘘と秘密で完璧に壊れたけれど。
壊れた破片を集めて出来上がった新しい世界は、前よりもずっと歪んでいて──そして、比べものにならないくらい、甘くて幸せな楽園だった。
「愛してるよ、紬。俺の、一生分のお姫様」
「私も愛してるよ、蓮くん。ずっと、ずうっと、溺れさせてね」
窓の外には、雲一つない青空が広がっている。
けれど、私たちの視線は、もう二度と、お互い以外を見ることはない。
──完璧だった溺愛の、これが私たちの、最高で最愛の「形」だった。