溺愛狂瀾〜元恋人たちの襲来で、私たちの恋は狂いだす〜

視界を遮る激しい雨と、うねるように続く真っ暗な急カーブ。
ヘッドライトが照らし出すのは、濡れて黒光りするアスファルトと、すぐ横に迫る錆びついたガードレールだけ。
その向こうは、底の知れない真っ暗な崖だった。
「アハハハハ! 追い詰めたぞ、瀬名ァ!!」
背後から迫る太陽の絶叫。
麗奈が運転する黒い外車が、信じられないスピードで私たちの車の真横に並びかけてきた。
激しいエンジン音が山に木霊する。
──ガガガガガッ!!!
衝撃が車内を襲った。
太陽たちの車が、私たちの車の側面に容赦なく体当たりを仕掛けてきたのだ。
金属が激しく擦れ合い、真っ暗な闇の中に激しい火花が飛び散る。
「きゃあああああ!」
私は思わず頭を抱えて座席に縮こまった。
車体が大きく振られ、ガードレールに激突しそうになる。
「紬、大丈夫!?」
蓮くんは必死にハンドルを制御しながら、一瞬だけ私に視線を向けた。
その目はまだ、絶望的な状況だというのに狂おしいほどの愛に満ちている。
「麗奈ちゃん! 太陽くん! やめて、危ないよ!! 死んじゃう……っ!」
窓越しに叫ぶ私に向かって、太陽は窓から身を乗り出し、狂気に満ちた歪んだ笑顔を向けた。
「死ねばいいじゃん! 瀬名と心中するくらいなら、俺と地獄へ行こうよ、紬!! お前を誰にも渡さないためなら、俺は何だってやる!!」
「蓮くん……私は、蓮くんは私の『最初』で、私のすべてだったのよ! なんで、なんでその泥棒女を選んだの!? 認めない……絶対に認めないんだから!!」
ハンドルを握る麗奈の顔も、涙と雨水でぐしゃぐしゃになりながら、執念だけでアクセルを踏み込んでいる。
2人とも、もう完全に引き返せないところまで理性を失っていた。
学校一の美男美女だった元カノと元カレ。
その輝かしいプライドを私たちにズタズタにされたことで、彼らの歪んだ自尊心は「心中」という最悪の狂気へと姿を変えていた。
──ガンッ!!!
さらに激しい衝撃。
今度は後ろから押し出すように、太陽たちの車が私たちの車尾に衝突した。
その瞬間、目の前に最悪の急カーブが現れる。
「──しまっ、」
蓮くんが目を見開いた。
激しい雨でタイヤが完全に路面の水を噛み、ハイドロプレーニング現象を起こしてブレーキが一切効かなくなる。
車体はコントロールを失い、もの凄いスピードのまま、ガードレールを突き破って虚空へと飛び出した。
スローモーションのように景色が流れる。
フロントガラスの向こう、真っ暗な崖の下へと、私たちの車が真っ逆さまに落ちていく。
「……あ」
死ぬ。そう思った。
だけど、恐怖は不思議となかった。
宙に浮いた車内。シートベルトで固定された私に向かって、蓮くんは自分のベルトを外し、無理やり私をその大きな体で覆い隠すように強く、強く抱きしめてきたからだ。
「……見つけた」
蓮くんが、私の耳元で優しく、本当に幸せそうに呟いた。
「これで、やっと誰も俺たちを引き離せないね、紬。ずっと、ずっと一緒だよ」
お父さんの罪も。
太陽の脅迫も。麗奈の嫉妬も。
学校も、世間の目も。
すべてが重力から解放されて消えていく。
蓮くんの腕の温もりと、彼の流す涙が私の頬に触れたその瞬間。
──ドゴォォォン!!!!
凄まじい衝撃と爆発音が、嵐の山奥に響き渡った。
……。
…………。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
激しい耳鳴りの中、私はゆっくりと目を覚ました。
鼻を突くのは、ガソリンの臭いと煙。車は崖の途中に生い茂る大木に激突し、奇跡的に大破した状態で引っかかっていた。
「う……あ……」
体が痛む。
けれど、不思議と大きな怪我はない。
私の体を命懸けで守るように、クッションとなって私を抱きしめてくれた人がいたから。
「蓮くん……? 蓮くん!! 目を開けて!!」
私を抱きしめたまま動かない蓮くんの体を揺さぶる。
彼の額からは、生々しい鮮血がダラダラと流れ落ち、その端正な顔を汚していた。呼吸が浅い。
「嘘……嫌だよ、蓮くん! 生きて、お願いだから!!」
包帯の巻かれた私の手で、彼の血を拭う。
その時、崖の上から、パトカーのサイレンの音がかすかに聞こえてきた。
お父さんたちが、警察を呼んで追いかけてきてくれたんだ。
だけど、私の胸に宿ったのは、安堵ではなかった。
警察が来れば、私たちは助かる。
だけど、お父さんは逮捕され、蓮くんとの関係は世間に暴かれ、私たちは引き離される。
何より、蓮くんはまた「完璧な瀬名蓮」として、世間の好奇の目に晒されることになる。
私は、蓮くんの頭を優しく自分の膝に乗せた。
「……そうだね、蓮くん。私たちは、もうあの世界には戻れない」
私は、蓮くんが落とした車の鍵をそっと拾い上げた。
まだ、車は動く。
大破したエンジンのランプが、怪しく明滅している。
崖の上から近づいてくる赤色灯の光を見つめながら、私は今、生まれて初めて「おまかせされる側のお姫様」ではなく、自分の意志で、この歪んだ溺愛の運命を受け入れる覚悟を決めていた──。