溺愛狂瀾〜元恋人たちの襲来で、私たちの恋は狂いだす〜

「蓮くん、これ……っ、どこに向かってるの……!?」
激しい雨がフロントガラスを叩きつけ、ワイパーが激しく左右に揺れている。
深夜の高速道路。
外は視界が遮られるほどの豪雨なのに、蓮くんが運転する車のスピードメーターは、どんどん加速していった。
インターホンの音が鳴り響くあのマンションの裏口から、蓮くんは私を抱きかかえるようにして、実家の車へと押し込んだ。
助手席に座る私の手には、まだ蓮くんが巻いてくれた白い包帯が残っている。
スマホも、身の回りの荷物も何もない。あるのは、お互いの存在だけ。
「誰も俺たちを知らない場所だよ、紬。海が見える静かな町か、それとも山奥の小さな家か……どこだっていい。お前と2人きりになれるなら、どこだって楽園だから」
ハンドルを握る蓮くんの横顔は、不気味なほど冷徹で、だけどどこか恍惚としていた。
学校一のモテ男が、すべてを捨てて、一人の女の子のために犯罪一歩手前の逃避行をしている。
私のために、彼は本当に「完璧な瀬名蓮」を自ら壊してしまった。
その事実に、背徳感と、それ以上のゾクゾクするような高揚感が私の胸を満たしていく。
『お前がアイツの傍にいる限り、瀬名は一生、過去の呪縛から逃れられない』
太陽の言葉が頭をよぎるけれど、今の私にはもう関係なかった。
呪縛だっていい。
私が蓮くんの人生を狂わせたのなら、私の人生も全部、蓮くんにめちゃくちゃにされればいいんだ。
その時だった。
──猛スピードで走る私たちの車の真後ろに、眩しいハイビームの光が迫ってきた。
「っ……しつこい奴らだな」
蓮くんがバックミラーを睨みつけ、忌々しげに舌打ちをする。
激しい光に目を細めながら私も後ろを振り返ると、そこには、見覚えのある黒い高級外車が、こちらの車尾を沈めるほどの勢いで煽るように追尾してきていた。
助手席の窓が開く。
嵐の暴風雨の中、そこから顔を覗かせたのは──狂気に目をぎらつかせた後藤太陽だった。
「アハハハハ!!! 逃げられると思ってんじゃねえよ、瀬名──!!!」
太陽の狂った叫び声が、激しい雨音とエンジン音を突き抜けて聞こえてくる。
あの男は狂っている。
スタジオで蓮くんに殴られ、プライドを粉々にされたことで、もう引き返すことのできない領域まで一線を越えてしまっていた。
運転席でハンドルを握っているのは、佐々木麗奈だ。彼女もまた、取り憑かれたような形相でアクセルを踏み込んでいるのが、ヘッドライトの光越しに見えた。
「蓮くん……! 太陽くんたちが、すぐ後ろに……っ!」
「大丈夫だよ、紬。シートベルトをきつく締めて」
蓮くんは優しく微笑むと、さらにアクセルを踏み込んだ。
車体が悲鳴を上げるように加速する。
時速はとうに法定速度を超えていた。
「おい、瀬名!! 止まれよ!! 止まらないと、お前の親にも、警察にも、このデータを一斉送信してやるからな!! お前らの父親同士が何をしたか、世間に全部ぶちまけてやる!!」
並走しようとしてくる太陽の車から、再び脅迫の声が響く。
けれど、蓮くんはそんな脅しには一切耳を貸さなかった。
「紬。コイツらの言葉、もう全部ノイズだから。聞かなくていいよ」
蓮くんは左手を伸ばし、私の耳を優しく塞いだ。
片手でハンドルを握り、恐ろしい速度で雨のハイウェイを駆け抜ける。その手のぬくもりだけが、私の世界のすべてだった。
行く手に、うっすらと山道のインターチェンジが見えてくる。
蓮くんは急ハンドルを切り、高速道路を降りて、街灯の一つもない真っ暗な山道へと車を滑り込ませた。
「逃がさないって言ってるでしょ、蓮くん……! あなたは私のものよ!!」
麗奈の車も、激しいタイヤの摩擦音を響かせながら、私たちの後を追って山道へと入ってくる。
ガードレールの向こうは、底の見えない真っ暗な崖。
激しい雨で視界は最悪。
滑りやすい急カーブが続く中、2台の車は完全に理性を失った状態で、夜の山奥へと深く、深く、引き返せない迷路へと迷い込んでいく──。