溺愛狂瀾〜元恋人たちの襲来で、私たちの恋は狂いだす〜

「ねえ紬、今日も学校、休もう? お家で俺と一緒にいようよ」
翌朝、カーテンの隙間から差し込む光の中で、蓮くんが私の腰に腕を回し、耳元で甘く囁いた。
その声はいつも通りハチミツみたいに甘いのに、向けられる瞳には一切の光がなくて、まるで底なし沼のようだった。
あの日、スタジオから蓮くんの部屋に連れてこられて以来、私のスマートフォンは彼の手によって没収されている。
「蓮くん、でも……お休みが続いたら、先生やみんなが心配するよ……?」
「いいじゃん、そんな奴ら。紬には俺だけがいればいいし、俺にも紬だけがいればいい。他の誰にも、お前の可愛い姿を見せたくないんだ」
蓮くんは愛おしそうに私の頬をすり寄せ、首筋に小さく歯を立てた。
チクリとした痛みに体が跳ねる。
学校一のモテ男が、私一人を部屋に閉じ込め、お姫様みたいに、ううん、まるで『籠の中の鳥』みたいに扱っている。
あの日、太陽が言った言葉が頭を離れない。
『君のドロドロに汚れた過去を知っても、あいつがまだ笑ってくれると思う?』
蓮くんは「そんなの関係ない」と言って太陽を殴ってくれた。私を護ってくれた。
それは嬉しかったはずなのに、今の蓮くんの目を見ていると、私は本当に「一人の人間」として愛されているのだろうか、それとも彼を裏切らない「都合のいい人形」として執着されているだけなのだろうか、という恐怖がじわじわと胸を蝕んでいく。
「お腹空いたでしょ? 俺、朝ご飯作ってくるから。ベッドから出ちゃダメだよ?」
蓮くんは私の額に優しくキスを落とすと、嬉しそうに微笑んで部屋を出ていった。
パチャリ、と外から鍵が閉まる音が聞こえる。
私のためを想ってくれている。
全部、私のため──。
そう自分に言い聞かせないと、深すぎる愛の重さで息が詰まって死んでしまいそうだった。




その頃、誰もいない放課後の教室。
顔に大きな絆創膏を貼った後藤太陽は、机を激しく蹴り飛ばしていた。
「クソが……! 瀬名の野郎、あの写真を見ても動じねえなんて、頭おかしいんじゃねえのか!?」
「あはは、だから言ったじゃない。蓮くんは一度手に入れたおもちゃを、壊れるまで絶対に手放さない病気なんだって」
教室の窓辺で、佐々木麗奈が綺麗な爪をいじりながらクスクスと上品に笑っていた。
その瞳は、獲物を追い詰める蛇のように冷たく光っている。
「太陽くん、スマホ壊されちゃって、データ全部消えちゃった?」
「いや……バックアップはクラウドにある。いつでもネットに流せる。だけど、瀬名に直接ぶつけても、あいつ自身にはノーダメージなんだよ! 自分の未来なんかどうでもいいって顔してやがった!」
太陽が悔しげに歯噛みする。そんな太陽に、麗奈はすっと近づき、その耳元で悪魔のような提案を囁いた。
「ターゲットを変えればいいのよ、太陽くん」
「あ?」
「蓮くんにあのデータをぶつけても無駄。あいつは自分のプライドなんて最初からないもの。だけど……大人しくて、罪悪感を抱え込みやすい『紬ちゃん』に、そのすべての真実をぶちまけたらどうなるかしら?」
麗奈はあざとく小首を傾げ、満面の笑みを浮かべた。
「中学のとき、蓮くんの足を引っ掛けさせて陸上生命を奪った主犯が、実は自分の父親の会社関係者だった……なーんて『本当の真実』、まだ彼女は知らないんでしょ? 自分のせいで蓮くんの人生が狂ったんだって知ったら、あの大人しいお姫様、罪悪感で今度こそ自分から壊れちゃうんじゃない?」
太陽の目が、ギラリと狂気に染まり直す。
「……なるほどな。紬が自分から瀬名の手を離すように仕向けるわけか」
「そう。そうすれば、蓮くんは絶望して、また私のところに泣きついてくる。完璧なシナリオでしょ?」
窓の外では、また不穏な雨がポツポツと降り始めていた。
蓮くんの部屋のベッドで、帰りを待つ私。
そんな私を奈落の底へ突き落とすための、麗奈と太陽の最悪の罠が、静かに、けれど確実に動き出そうとしていた──。