春河さんの極まったワーホリ発言から二日後。
郊外にある美術館のホールで、私はサインを書きまくっていた。
「ありがとうございます!」
「こちらこそ、ありがとう」
そう言って口角を上げれば、大学生くらいの女の子は顔を赤らめる。
打ち合わせとかのスケジュールを調整するのは大変だったけど、こうしてファンが楽しんでくれるのは嬉しいものだ。
握手して彼女を見送り、次に待っている人の顔を見る。
「写真集の発売、おめでとうございます」
柔らかなテノールを放つ、その人は。
──名古先生!
ついこの間まで顔を突き合わせていた彼が、にこやかに祝いの言葉を口にしていた。
後ろに撫でつけていた黒髪をふんわりと真ん中分けにして、眼鏡を外しているけどコンタクト……だろうか。
タートルネックにコートを羽織った姿は、今時のお洒落な若者でしかない。
……まさか、私のファンだったなんて。



