恋とか、愛とか。

私と綾香はカフェに向かった。カフェで散々綾香の恋バナを聞いた。もう、聞きすぎて何も聞きたくないくらい……。でも、恋は本当に素敵だと改めて思った。
私も恋をしていたときは恋してない人なんておかしいって思ってた。だけど、実際に私がその立場になってみるとわかる気がする。悲しいのだ。ほとんどみんなは経験していない辛くて悲しい恋があったのに、もう一度恋をしてなんて言われたとしても、到底できない。どんな人に言われたとしても、できない。それくらい辛くて悲しい。
私は今でも忘れられない。愛していた人—碧のことを。
碧は私の大好きで愛していた人だった。小学生の頃、みんなには秘密で付き合っていた。
なのに、碧は私をかばって死んだ。
ずっと忘れられない人なんてみんな一人か二人くらいいると思う。だけど、もう亡くなった人には会えない。私は何度も、また会いたいと思ってしまう。ずっとあのことの出来事を引きずっている私が嫌だ。私も一緒に死んだら、よかったのかな……って、そんなことは言ったらあの人に怒られちゃうけど……。


穏やかな春が過ぎ、本格的に夏が始まろうとしていた七月。
七月三日は碧の命日。七月三日、私は碧のお墓に行くことを毎年決めている。何があったとしても。命日以外にもたまに行く。いいことがあった日とか、誰かに聞いてほしいくらい嫌なことがあった日とか。命日には必ず碧の好きなクッキーを持って行く。クッキーをあげた時の碧の笑顔は今でも忘れられない。碧、待っててね。七月三日、あなたにまた会いに行くから。

一日、二日と二日間はあっという間に過ぎ、七月三日になった。
今日は学校帰りに行くことにした。どこまでも青く、澄み渡る空を教室から私は眺めている。碧も青空をずっと眺めていた。好きな人の癖がうつるというのは、本当なのかもしれない。
早く碧に会いたいなと思っていると、一瞬のように授業は終わり、気づけば放課後になっていた。すぐに碧に会いたくて、すぐに教室から飛び出た。廊下を走っていたから、先生に「愛原―! 歩け!」と注意され、先生から見えるところまで歩いて、先生が見えなくなった瞬間、また走り始めた。
碧のお墓は、学校から徒歩十分ほどのところにある。いつも、碧に会う時は碧のことばかり考える。碧しか考えられなくなる。それくらい好きなのだ。大好きで、大好きで、愛してて。今でも、ずっと忘れられない……。

碧のお墓の前に着き、クッキーをお供えした。私はふと、碧の笑顔を思い浮かべた。
「碧、久しぶり。……今日もね、あのクッキーを持ってきたよ。碧が『美味しい』って、照れくさそうに笑ってくれた顔、今でもずっと忘れられないんだ。あの時から、私の時間は半分止まったままみたい。 碧のいない世界は、驚くほど普通に回っていて、それが時々すごく寂しくなる。
季節はもう、穏やかな春が過ぎて、本格的に夏が始まろうとする六月だよ。あのときでは考えられないくらい六月が熱いんだよ。制服も夏服に変わって、周りのみんなは衣替えだってはしゃいでる。私の隣の席、誰がいると思う? 今は私の隣だけいない。隣には碧だけを感じていたいから、先生に理由付けて「そこの席にしてください」ってお願いした。授業中、隣に碧を感じる瞬間があるんだよ。碧がいたら、こんなこと言ってるんだろうな~とか。
親友の綾香はね、相変わらず片思い中で毎日大騒ぎしてる。『今日、あの人と喋れた!』とか、『目が合った!』とか、本当に楽しそう。そんな綾香を見て、私はいつも『よかったね』って笑ってる。でもね……本当は、胸の奥がチクって痛むの。みんなの言う『恋バナ』が、今の私には、眩しすぎて直視できないんだ。
みんなは明日があるのが当たり前みたいに恋をしてる。だけど私は……もう二度と、あんな苦しくて切ない思いはしたくない。誰かを好きになって、また失うくらいなら、最初から恋なんてしない方がいい。だから、綾香に『何で恋しないの?』って聞かれても、何も言えなかった。碧との大切な思い出を、ただの『過去の思い出話』になんて、絶対にしたくないから。碧のこと、まだ誰にも言えてなくてごめんね……。
ねぇ、碧。 私、教室の窓から見える青空を眺めるのが、すごく好きになったんだ。だって、あの青空はどこまでも広がっていて、自由で居られるから。ここに囚われている私と違って、どこにでも行ける気がするから。いっそのこと、私も早く青空になりたいって、本気で思っちゃうよ。
私の心には、碧が残していった重い鍵がかかったままだよ。この鍵はね、一生外さなくていいって思ってる。ずっと、私は碧だけのものにしておきたいから。
……ごめんね、暗い話ばかりしちゃって。 クッキー、碧の分、ここに置いておくね。
──ねぇ、碧。最後に一つだけ、聞いてもいい? 碧は今、そっちでも……元気にしてる?」
そのセリフを口にした瞬間、私はもう、我慢していた涙を抑えきれなくなり、目から大粒の涙が溢れだす。視界が涙で滲んで、碧の名前が刻まれた墓石が歪んで見えた。
ずっと忘れられないのは、碧のせいだよ。 勝手にいなくなって、私の心にこんなに重い鍵をかけた、碧のせい。
でも──その忘れられない思い出があるから、碧が私を愛してくれた記憶があるから、私は今でもこうして生きてられるんだよ。
溢れて止まらない涙を本格的な夏の始まりを告げる六月の乾いた風が優しく、優しく撫でて通り過ぎていった。