夕暮れの教室は、いつもより静かだった。
窓から差し込む橙色の光が、机の上に長く影を落としている。
柚葉は帰り支度を終えかけて、ふと顔を上げた。
「柚葉」
名前を呼ばれて振り向く。
そこに立っていたのは、川口くんだった。
いつもと変わらない表情。
けれど、その目だけが少し違って見えた。
「ちょっと、話いい?」
「……うん」
教室に残るのは、二人だけ。
扉が閉まる音がやけに響いた。
川口くんはしばらく黙っていたあと、ゆっくりと口を開いた。
「最近さ」
「うん」
「一緒にいると、落ち着くっていうか……変な感じする」
柚葉の心臓が、少しだけ速くなる。
「それでさ」
一度言葉を切って、川口くんは私を見た。
「柚葉のこと、好きなんだと思う」
空気が止まった気がした。
何も音がしない。
ただ、自分の心臓の音だけがうるさい。
「……え」
柚葉の声は、それだけだった。
好き。
その言葉が、まっすぐに胸に落ちてくる。
嬉しいはずなのに。
なぜか、息が苦しい。
川口くんは続ける。
「付き合いたいって、ちゃんと言おうと思ってた」
「でも……」
少しだけ視線を逸らした。
「柚葉の気持ちが分からないままじゃ、ダメだなって思って」
静かに言い終わる。
柚葉は、すぐに返事ができなかった。
嬉しい。
本当に嬉しい。
でも――。
頭の中に浮かぶのは、碧だった。
笑っている顔。
ふとした瞬間の優しさ。
あの時、助けてくれた手の温度。
「ごめん」
やっと出た言葉は、それだった。
川口くんが小さく目を見開く。
「今は、まだ……付き合うとか、そういうの考えられなくて」
言いながら、自分でも分かっていた。
これは“断り”だ。
ちゃんとした、答えだ。
「そっか」
川口くんは少しだけ笑った。
悲しいのか、安心したのか分からない笑顔だった。
「うん。分かった。理由聞いてもいいかな?」
それだけ言って、ゆっくりと立ち上がる。
「昔、愛した人を失ったことがあるの。始まりがあれば、終わりがある……。だから、私は恋をしてこなかった。だけど、川口くんに出会って、また恋をした。好きだけど、碧……あ、愛した人ね。碧を忘れてしまいそうで怖いの……」
「そっか……。そんなことがあったんだね……。教えてくれてありがとう。でも、まだ好きでいてもいいかな? 友達として一緒に居たい」
「うん。もちろん! ありがとう、ちゃんと聞いてくれて」
ドアに向かって歩き出す。
そのとき。
教室の後ろで、小さな物音がした。
「……え」
柚葉が振り向くより早く、綾香が顔を出した。
「ちょ、待って」
気まずそうに立ち尽くしている。
「今の……聞いちゃったんだけど」
柚葉は固まった。
川口くんはすでにいない。
静かになった教室に、綾香の声だけが残る。
「なんで……」
綾香は柚葉を見つめた。
「なんで、ちゃんと言ってくれなかったの?」
柚葉は言葉を失う。
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
窓から差し込む橙色の光が、机の上に長く影を落としている。
柚葉は帰り支度を終えかけて、ふと顔を上げた。
「柚葉」
名前を呼ばれて振り向く。
そこに立っていたのは、川口くんだった。
いつもと変わらない表情。
けれど、その目だけが少し違って見えた。
「ちょっと、話いい?」
「……うん」
教室に残るのは、二人だけ。
扉が閉まる音がやけに響いた。
川口くんはしばらく黙っていたあと、ゆっくりと口を開いた。
「最近さ」
「うん」
「一緒にいると、落ち着くっていうか……変な感じする」
柚葉の心臓が、少しだけ速くなる。
「それでさ」
一度言葉を切って、川口くんは私を見た。
「柚葉のこと、好きなんだと思う」
空気が止まった気がした。
何も音がしない。
ただ、自分の心臓の音だけがうるさい。
「……え」
柚葉の声は、それだけだった。
好き。
その言葉が、まっすぐに胸に落ちてくる。
嬉しいはずなのに。
なぜか、息が苦しい。
川口くんは続ける。
「付き合いたいって、ちゃんと言おうと思ってた」
「でも……」
少しだけ視線を逸らした。
「柚葉の気持ちが分からないままじゃ、ダメだなって思って」
静かに言い終わる。
柚葉は、すぐに返事ができなかった。
嬉しい。
本当に嬉しい。
でも――。
頭の中に浮かぶのは、碧だった。
笑っている顔。
ふとした瞬間の優しさ。
あの時、助けてくれた手の温度。
「ごめん」
やっと出た言葉は、それだった。
川口くんが小さく目を見開く。
「今は、まだ……付き合うとか、そういうの考えられなくて」
言いながら、自分でも分かっていた。
これは“断り”だ。
ちゃんとした、答えだ。
「そっか」
川口くんは少しだけ笑った。
悲しいのか、安心したのか分からない笑顔だった。
「うん。分かった。理由聞いてもいいかな?」
それだけ言って、ゆっくりと立ち上がる。
「昔、愛した人を失ったことがあるの。始まりがあれば、終わりがある……。だから、私は恋をしてこなかった。だけど、川口くんに出会って、また恋をした。好きだけど、碧……あ、愛した人ね。碧を忘れてしまいそうで怖いの……」
「そっか……。そんなことがあったんだね……。教えてくれてありがとう。でも、まだ好きでいてもいいかな? 友達として一緒に居たい」
「うん。もちろん! ありがとう、ちゃんと聞いてくれて」
ドアに向かって歩き出す。
そのとき。
教室の後ろで、小さな物音がした。
「……え」
柚葉が振り向くより早く、綾香が顔を出した。
「ちょ、待って」
気まずそうに立ち尽くしている。
「今の……聞いちゃったんだけど」
柚葉は固まった。
川口くんはすでにいない。
静かになった教室に、綾香の声だけが残る。
「なんで……」
綾香は柚葉を見つめた。
「なんで、ちゃんと言ってくれなかったの?」
柚葉は言葉を失う。
胸の奥が、少しだけ痛んだ。



