恋とか、愛とか。

文化祭当日。
朝から校内は生徒や来場者で賑わっていた。
「絶対似合うって!」
「ほら、約束したでしょ?」
クラスメイトたちに囲まれながら、柚葉は更衣室の鏡の前で固まっていた。
黒と白のフリルが付いたメイド服。スカートも短い。
恥ずかしい。とにかく恥ずかしい。
「む、無理……」
「無理じゃない!」
背中を押され、柚葉は半ば強引に教室へ送り出された。
すると。
「えっ……」
教室にいた何人かがこちらを見た。
かわいい。似合う。そんな声が聞こえてくる。
柚葉は顔を真っ赤にしながら俯いた。
やっぱり着るんじゃなかった。
早く終わってほしい。
そう思っていた時だった。
ガラッ。
教室の扉が開く。
何気なく視線を向けた柚葉は固まった。
そこにいたのは、川口くんだった。
「……」
「……」
数秒。
沈黙。
そして。
「似合ってる」
たった一言。
それだけだった。
なのに。心臓が大きく跳ねた。
「っ……!」
耳まで熱くなる。
どうしてそんなことを平然と言えるのだろう。
柚葉は慌てて目を逸らした。
その後も接客は続いた。
けれど慣れない格好に緊張してしまい、何度も失敗する。

そして昼過ぎ。
お盆を持ったまま人混みを避けようとした時だった。
誰かと肩がぶつかる。
「きゃっ――」
体が傾く。
落ちる。そう思った瞬間。
ふわり。
土でも床でもない。
温かくて柔らかな感触。
「危ない」
低い声が頭上から降ってきた。
恐る恐る顔を上げる。
目の前には川口くんがいた。
柚葉の腕を掴み、倒れる寸前で支えてくれていたのだ。
近い。近すぎる。
心臓が痛いほど鳴っている。
「大丈夫?」
「う、うん……」
声が震える。
川口くんはそれに気づいていないのか、いつも通りの顔をしていた。
「ならよかった」
そう言って離れようとする。
だけど。
その瞬間。柚葉の胸の奥で何かが弾けた。
優しくされたからじゃない。
助けてもらったからじゃない。
ずっと前から。転校してきたあの日から。
気づかないふりをしていただけだった。
川口くんが笑うと嬉しくて。
話しかけられると胸が高鳴って。
姿を探してしまう。
その理由を。
今、ようやく理解した。


――好きなんだ。


川口くんのことが。
誰よりも。
どうしようもないくらい。
好きなんだ。
気づいてしまった。
もう戻れないくらいに。


文化祭の喧騒の中。
誰にも聞こえないまま。
柚葉の恋は、静かに動き始めた。