たぶん、机の中に置きっぱなしになっている。きっとミーティングの連絡も来ていたけど、サイレントモードにしていたから気がつかなかったんだ。
うん、そうに違いない。そうじゃなかったら泣く。
「面倒くせーけど取りに戻るか……」
時間もないが、もうすでにかなり遅刻しているだろうから、あと数分遅れようがたいして変わらないだろう。
くるりと回れ右をして、来た道を駆け足で戻る。
また奥山にバカにされるんだろうな。日誌出しに行っていて、いないってパターンはないかな。
そんな情けないことを考えながら教室の前まで来れば、残念ながら奥山はまだそこにいた。日誌を出しに行くどころか、動く様子が見られない。
仕方なく「スマホ忘れた」と素直に白状しながら教室に入ろうとしたのだが……出来なかった。
奥山が、笑ったから。
誰にでもなく、机の上のペットボトルを手に取りながら、笑ったから。
嬉しそうに、けれどどこか恥ずかしそうに、まるで飲みかけのサイダーに恋でもしているかのように笑ったから。
その奥山の笑顔が衝撃的で、なぜか俺はドアの影に隠れてしまった。
「な……なんだ、あれ」
なんだあれ。なんだあれ。
なんだなんだ、あれ。
奥山のあんな表情、はじめて見た。
奥山があんな表情できるなんて、知らなかった。
奥山が俺の知らない、全然知らない女の子に見えた。
沢井ちゃんの社交辞令の笑顔よりも、さっきの奥山の笑顔の方が……
ずっとずっと、可愛らしく見えてしまった。
手で口を覆わないと、おかしなことを叫び出してしまいそうだ。顔が熱い。胸のあたりがドキドキとうるさい。
そのドキドキの合間に、何か小さな音が聴こえる。その音は確実に、俺の中から生まれていた。


