死神という職業には、大きな誤解がある。
黒いローブを着ているとか。
鎌を持っているとか。
魂を刈り取るとか。
まあ、その辺はだいたい合っている。
問題はその後だ。
人間は思っている以上に文句が多い。
――――そう、死んだ後ですら。
俺は今日もデスクに座り、受話器を取った。
部署名は「死後サポートセンター、苦情対応課」。
死者から寄せられる不満や問い合わせを受け付ける部署である。
地獄より怖い職場だ。
今日もまた、電話が鳴る。
嫌な予感しかしない。
「お電話ありがとうございます。
死後サポートセンター苦情対応課、担当の三途でございます」
『聞いてくれ!!』
開口一番にこれだ。
『儂の死に方、あまりにもダサすぎんか!?』
またこれだ。
「詳細をお伺いできますか」
『風呂場で滑った!!』
「ああ.....なるほど」
『もっとこう、あるじゃろ!?
享年七十八歳!最後が石鹸で転倒って!!』
「お気持ちは分かります」
『いや分からんじゃろ!』
いや、流石に分かる。
かなり分かる。
人生最後のエピソードとしては微妙だ。
「申し訳ありませんが.......死因の変更は承っておりません」
『じゃあ記録だけでも書き換えてくれんか?』
「できません」
『心筋梗塞とかに』
「できません」
『せめて武士みたいな感じに』
「お客様は元郵便局員ですよね」
『そこをなんとか』
なんとかならない。
ていうか武士みたいな死に方ってなんなんだ。
「本能寺の変」的なアレのことを言ってんのか?
二件目。
『録画してたドラマの最終回を見る前に死んじゃったんですけど』
「そう.......ですか」
『どうなったんですか』
「さぁ.....存じ上げません」
『調べてください』
「業務範囲外ですので」
『人生で十年追いかけたシリーズなんですよ!?』
「お気持ちは分かります」
『分かるなら調べてください』
「できません」
昼休憩。
俺は机に突っ伏した。
「辞めたい……」
「まだ午前中だよ〜?」
先輩死神の篠宮さんがコーヒーを置く。
百五十年勤務しているベテランだ。
新人教育担当でもある。
「みんな文句ばかりです」
「そうだねぇ」
「死んだ後くらい穏やかにならないもんなんですかね?」
「ならんでしょ〜」
即答だった。
「人間は最後まで、人間なんだから。」
午後。
再び電話が鳴る。
「はい、苦情対応課です」
『あの……』
珍しく控えめな声だった。
若い女性らしい。
『苦情というほどじゃないんですけど』
「はい」
『........ちょっと、後悔があって』
よくある話だ。
死者の九割は何かしら後悔を抱えている。
『父にありがとうって言えなかったんです』
俺は姿勢を正した。
『喧嘩したまま死んでしまって』
受話器の向こうで沈黙が続く。
『変ですよね』
「いいえ」
俺は思わず答えた。
「珍しくありません」
『そうですか』
「はい」
すると彼女は少し笑った。
『なんだか....安心しました』
それから小さな声で続ける。
『死ぬ時はみんな、ちゃんとしてると思ったので。』
「そんなことありません」
『そうなんですか?』
「ええ」
窓の外を見る。
無数の魂が行き交う空。
「伝えたいことを伝えられなかった人も」
「謝れなかった人も」
「録画したドラマを見られなかった人もいます」
『最後のは同列なんですか?』
「本人にとっては大問題ですよ」
彼女は吹き出した。
ああ、ようやく笑ってくれた。
電話を切ったあと、息をついた俺に篠宮さんが言った。
「向いてるじゃん」
「何がです?」
「この仕事。」
「えぇ、なんか嫌です」
「でも救われた感じしてたよ〜?あの子。」
私は返事をしなかった。
死者は文句を言う。
理不尽な要求もするし、わがままも言う。
でも。
本当に聞いてほしいことは、案外別にあるらしい。
その時、電話が鳴った。
嫌な予感しかしない。
「苦情対応課です」
『わしじゃ』
朝の風呂場転倒老人だった。
「どうされましたでしょうか」
『やっぱり武士は無理か?』
「無理ですね」
『うーむ、そうか......』
少しの沈黙。
『……じゃあ、孫には風呂掃除しろって伝えといてくれ』
「それは承れます」
『おお、本当か』
少し嬉しそうな声だった。
俺は思わず笑う。
たぶん明日も電話は鳴る。
理不尽な苦情も来る。
面倒な仕事だ。
それでも。
これが俺たちの仕事なのだ。
死者たちの最後の未練を少しだけ軽くする。
やりがいはまぁ......一応、あるのかもしれない。



