宇宙には星を育てる職人がいる。
彼らは「星の育手」と呼ばれていた。
生まれたばかりの光の種を集め、
熱を与え、
重力を整え、
何億年もかけて恒星へ育て上げる。
気の遠くなるような仕事だ。
アステルはかつて名人だった。
若い頃の彼が育てた星は美しかった。
青白く輝く巨大な恒星。
燃焼効率は完璧。
光量も安定している。
育手たちの間では知らぬ者のいない存在だった。
「アステルの星だ」
「見事だな」
「芸術品みたいだ」
そんな言葉を何度も聞いた。
だが、それは昔の話だった。
今のアステルは老いていた。
熱の調整を間違えるし、質量計算だって誤る。
予定より早く燃え尽きる星を作ってしまうこともザラにあった。
老いぼれて腕の鈍ったアステルを、
弟子たちは次々に追い越していった。
「先生、手伝いましょうか」
そう気遣われることも増えた。
昔なら腹を立てただろうが、今は違う。
「ああ、頼むよ」
そう言うしかなかった。
ある日。
アステルは自分の工房で古い記録を眺めていた。
若い頃の星。
栄光の日々。
降り注ぐ賞賛や拍手喝采の嵐。
どれも遠い昔の話だ。
「私も老いぼれたな」
誰に聞かせるでもなく呟く。
すると管理局から連絡が届いた。
新しい担当星。
事実上、最後の仕事だった。
届いた光の種は小さかった。
「………地味だな」
思わず笑う。
若い頃なら受けなかっただろう。
目立たないし、大きくもなければ珍しくもない。
どこにでもある種だった。
それでもアステルは丁寧に育てた。
熱を与え、重力を整えて軌道を安定させる。
昔ほど上手くはない。
それでも。
最後くらいは、どの星よりも真面目に手掛けようと思った。
そうして何光年もかけてようやく、一つの恒星が生まれた。
中くらいの大きさ。
色も普通。
特徴らしい特徴はない。
「平凡だな」
出来上がった星を見て、アステル自身も苦笑した。
優秀でもないが、かといって失敗でもない。
ただそこにある、地味な星。
それだけだった。
それから数十年後。
アステルが横たわったベッドに、弟子たちが集まった。
「先生!」
そんな弟子たちに、アステルは笑いかける。
「私は結局、最後まで駄目だったな」
「そんなことありません!」
「師匠は素晴らしい育手でした!!」
そう言って弟子たちは否定したが、
アステルは笑って首を振った。
「自分のことくらい、分かっているさ」
窓の向こう広がるのは無数の星。
その中に、最後に担当した星もあった。
小さな碧い光。
それを見てふっと笑うと、
「まあ、悪くない人生だったな」
アステルはそう言って目を閉じた。
それから数十億年が流れ、その星に海と呼ばれる水源ができた。
やがて雨が降り、生命が生まれた。
魚が泳ぎ、木々が育ち、獣が走る。
それから何千年後。
空を見上げる生き物が現れた。
彼らは言葉を。
文化を。
愛を知った。
そしてある日。
その惑星に住む者が、その惑星に名前をつけた。
その名も―――「地球」。
数え切れない生命。
数え切れない物語。
数え切れない笑顔と涙。
そのすべては、一人の老いた職人が、
心底平凡だと思った星から始まった。
だがアステルは知らない。
自分の最高傑作が、人生の最後に作った、最も地味な星だったことを。
そして宇宙は今日も静かに回り続ける。
どこかでまた、星の育手が自分の失敗を嘆きながら働いている。
その仕事がどれほど大きな未来へ繋がっているのかを、
まだ誰も知らないまま。



