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佐藤慎一は運が悪かった。

とにかく運が悪かった。

生まれた時からずっとこうである。

例えば3歳の頃。

楽しみにしていた遠足の日だけ熱を出した。

10歳の頃にはじゃんけん大会で二十連敗して

クラス中で笑われたし、席替えのたびに教卓の前の席になった。

高校では修学旅行の日だけ台風が来た。

大学受験では隣の受験生が貧血で倒れて騒がしくなった。

就職活動では面接会場のエレベーターが故障する始末だ。

そしてこの不運は、社会人になっても終わらなかった。

洗濯物を干せば雨が降るし、

スーパーに行けば目の前で特売が終わる。

信号は必ず赤か青信号でチカチカになる。

自動販売機のお釣り切れ率は異常に高いし、

炭酸飲料を開ければ毎回吹きこぼれるのだ。

「逆にすごくないですか?」

そう後輩に言われたことがある。

「褒めてないよな?」

「そりゃもちろん」

…………流石に殴りたくなった。

そんなある日の会社帰り。

いつものように青信号が点滅している。

「はいはい」

慣れたものである。

チカチカが消えないうちに走って渡るのも馬鹿らしいので、

次の青信号まで待つことにした。

その瞬間。

ドンッ!!!

猛スピードのトラックが交差点を突っ切っていった。

まだ信号は青色で点滅している。

――信号無視だった。

もし慎一がこの信号を渡っていたら。

確実に轢かれていただろう。

「……」

さすがの慎一も押し黙った。

「いや、たまたまだろ」

しかし数日後。

今度は電車に乗り遅れた。

目の前で扉が閉まったのだ。

「あー、くっそ」

ホームで次の電車を待つ。

すると駅員が慌ただしく走り回り始めた。

乗り損ねた電車で急病人が出て、長時間停車になったらしい。

「……」

さらに一週間後。

昼休みに弁当を買いに行く。

行列に並ぶ。

目の前で売り切れた。

「あーもう、知ってたよ。知ってました!!」

やけくそ気味に呟く。

仕方ない、別の店へ行こう。

とぼとぼと背を向けて歩き出した。

するとその直後。

元の店の看板が強風で落下した。

ちょうど自分が立っていた場所へ。

「……っ」

慎一は空を見上げた。

「もしかして」

1つの仮説が浮かんだ。

運が悪いのではない。

運が悪そうな出来事によって、

もっと悪い未来を回避しているのではないか。

「いやいやいや」

そんな都合のいい話があるか。

そう思っていた。

そんなある日の休日。

慎一はドライブに出かけた。

ずっとしてみたいと思っていた、山道ドライブだ。

だが、山に入ってから十分ほど経ったとき、

パンッと破裂音がした。

降りて確認すると、後輪がパンクしている。

「はぁぁぁぁぁ!?」

人生で初めての山間ドライブだったのに。

ため息混じりにロードサービスを呼ぶ。

到着まで一時間。

「最悪だ」

慎一はぼやく。

いっつもこうだ。

俺はもう、何もせず引きこもっていたほうがいいのだろうか。

そう暗い気持ちになった、その時だった。

山の向こうから轟音が響く。

地震だった。

大きな揺れの直後に、目の前の道を土が塞いでいく。

―――土砂崩れだ。

慎一が通るはずだった道が飲み込まれていく。

もしパンクしていなければ、確実にその場所を走っていた。

そうすれば間違いなく、慎一は死んでいただろう。

三十年以上。

ずっと呪いだと思っていた。

俺はつくづく不運だと思っていた。

けれどもし。

本当にもし、

あらゆる不運が人生最大の不幸を避け続けていたのだとしたら。

俺は世界一運が悪い男ではなく―――



世界一、“運が良い男“だったのではないか。



***

数日後。

「あーっ!!最後の一個だったのに!」

50%OFFのラベルが貼られた弁当が、目の前で売り切れた。

思わず天を仰ぐ。

「何なんだよもう」

ため息をついて踵を返した、その時。

棚の上に置いてあった商品のダンボールが落下した。

ちょうどさっき、自分がいたはずの場所へ。

慎一は沈黙した。

「……ありがとう?」

誰に向かって言ったのかは分からない。

ただその日以来。

慎一は少しだけ前向きになった。

赤信号に捕まっても。

電車に乗り遅れても。

洗濯物が濡れても。

「まあ、死ぬよりマシか」

そう思えるようになった。

そんなある日。

喉が乾いて炭酸飲料を開けると―――やっぱり吹きこぼれた。

「これはいらないだろ!!」

俺はやっぱり、運が悪いらしい。