理緒は兄に促されるまま店に入り、向かい合って席に着いた。
理緒は兄の顔をまともに見られず、俯いてしまう。
「……」
一瞬の沈黙。
その静けさが、かえって理緒を焦らせた。
「あの……お兄ちゃん……あのね――」
理緒のしどろもどろな様子に、兄が「クスッ」と笑う。
「理緒、いつの間にか誠と仲良くなったんだね」
「仲良くはないよ!?」
思わず顔を上げて反論する。
兄は、どこか安心したような穏やかな表情で理緒を見ていた。
「いや……さっき、誠のほうが理緒の兄みたいだったから」
そう言ってから、兄の表情が少しだけ陰る。
「そんなわけない! 私のお兄ちゃんは、お兄ちゃんだけだよ」
兄は理緒の勢いに押されたように、目を丸くした。
「……僕が、理緒の兄でいいの?」
理緒は、一瞬返事に詰まる。
でも、その時、誠さんの言葉を思い出した。
――分からないなら、聞けばいい。
「……なんで? なんで、そんなこと言うの?」
「え……あ……」
今度は兄のほうが、困ったように言葉を詰まらせる。
「……理緒、あのね。僕……ずっと、理緒に嫌われてると思ってた」
「……え?」
予想もしなかった言葉に、理緒は目を見開く。
兄は少し視線を落とした。
「理緒、中学に入った頃から、急に僕を避けるようになっただろ」
「ち、違うよ……! 避けてたの、お兄ちゃんのほうで……」
「僕は、理緒が僕を嫌がってるんだと思ってた」
「そんなわけない……!」
理緒は思わず身を乗り出す。
「私、お兄ちゃんに嫌われたんだって思ってたのに……」
「……そんなわけないだろ」
兄の声が、今度は静かに落ちる。
「理緒こそ、なんでそんなふうに思ってたの?」
「お兄ちゃんが、私との勝負に乗ってくれなくなって……それから、“会社は理緒が継げばいい”って言ったから……」
兄は、言葉を失ったように黙り込む。
理緒は補うように続けた。
「……でも、それは……私が無神経なこと言ったからで……」
兄は小さく息を吐いた。
「ごめん。勝負のことは、正直あまり覚えてないんだ。だから、そんなに深い意味はなかったと思う。中学に入って忙しくなったし、僕も……思春期だったし」
少し照れくさそうに笑う。
「でも、それ以上に、“理緒のほうが向いてる”って言ったことだよね」
「うん」
「あれは、本心だよ。怒って言ったわけじゃない」
「……え?」
「正直、悔しい気持ちはあったかもしれない。理緒のほうが出来るって、思ってたから。でも、それで理緒に怒ったり、嫌いになったりしたことは一度もないよ」
「……そう、だったんだ……」
「うん」
理緒はぎゅっと手を握りしめる。
「でも、お兄ちゃん、それから私のこと避けて……挨拶くらいしかしなくなって……だから私……」
「ごめん。理緒に八つ当たりした自覚はあったし、理緒が僕を怖がってるって思ってたから……どう接していいか分からなくなってた」
理緒は小さく息を吸う。
「……中二の夏、お祖母ちゃんが危ないって言われて、でも私が田舎行きたくないって言った時……お兄ちゃん、“家で二人きりは困る”って言った」
「あれは……理緒が困るかなって思って」
「困んないよぉ……」
ぽろり、と涙が零れる。
「えっ、理緒!?」
兄が慌てて身を乗り出す。
理緒は涙を拭いながら、それでも兄を真っ直ぐ見た。
「私、お兄ちゃんのこと、ずっと大好きだもん……」
「えぇっ!? ちょ、待って……」
兄は耳まで真っ赤になりながら、慌ててポケットからハンカチを取り出して差し出した。
理緒はそれを受け取り、目元へ当てる。
「……ありがと、お兄ちゃん」
兄は少し俯き、それから小さく笑った。
「……理緒。僕も、ずっと理緒のこと、大切な妹だと思ってたよ」
「……うん」
兄の声が少し小さくなる。
「僕も……理緒のこと、好きだよ」
理緒は、その言葉に、まるで幼い頃に戻ったような笑顔を向ける。
「……うん」
温かな沈黙が、二人の間にゆっくり広がった。
やがて理緒が、ふと思い出したように口を開く。
「……ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
「お兄ちゃんって、シスコンなの?」
「……は?」
兄の動きが止まる。
「理緒、急に何を……」
「ふふっ」
理緒は、兄の慌てぶりが可笑しくて、思わず吹き出した。
「あのね、誠さんが、“達也はシスコンだ”って言うの」
「誠、あいつ……」
兄の声が低くなる。
理緒は気にせず続けた。
「“だから安心して二人で話してこい”って、背中押してくれたんだよ」
兄は小さく息を吐いて、苦笑した。
「……誠には敵わないな」
「お兄ちゃんでも敵わない人いるんだね」
「理緒は僕を何だと思ってるんだよ。うちの学校なんて、鬼才だらけだったぞ?」
「えぇっ? 誠さん以外にも、お兄ちゃんが敵わない人いるの?」
「そりゃいるよ」
「……そっか。そうなんだ」
理緒はどこか安心したように笑う。
兄も、完璧な人間じゃない。
ちゃんと悩んで、不安になって、失敗もするんだ。
でも……
だからこそ、今こうして向き合えている気がした。
「……そろそろ、誠に連絡するか?」
「うん。そうだね」
兄はスマホを取り出しかけて、ふと思い出したように理緒を見る。
「ところで、誠と付き合ってるのか?」
「えぇ!? そんなわけないよ!?」
「誠が弟になるの、なんか嫌だな……」
「ちょっと、お兄ちゃん!? 弟って何!?」
「……いや、知らない男が弟になるよりはマシか……?」
「お兄ちゃんってば!!」
理緒は兄の顔をまともに見られず、俯いてしまう。
「……」
一瞬の沈黙。
その静けさが、かえって理緒を焦らせた。
「あの……お兄ちゃん……あのね――」
理緒のしどろもどろな様子に、兄が「クスッ」と笑う。
「理緒、いつの間にか誠と仲良くなったんだね」
「仲良くはないよ!?」
思わず顔を上げて反論する。
兄は、どこか安心したような穏やかな表情で理緒を見ていた。
「いや……さっき、誠のほうが理緒の兄みたいだったから」
そう言ってから、兄の表情が少しだけ陰る。
「そんなわけない! 私のお兄ちゃんは、お兄ちゃんだけだよ」
兄は理緒の勢いに押されたように、目を丸くした。
「……僕が、理緒の兄でいいの?」
理緒は、一瞬返事に詰まる。
でも、その時、誠さんの言葉を思い出した。
――分からないなら、聞けばいい。
「……なんで? なんで、そんなこと言うの?」
「え……あ……」
今度は兄のほうが、困ったように言葉を詰まらせる。
「……理緒、あのね。僕……ずっと、理緒に嫌われてると思ってた」
「……え?」
予想もしなかった言葉に、理緒は目を見開く。
兄は少し視線を落とした。
「理緒、中学に入った頃から、急に僕を避けるようになっただろ」
「ち、違うよ……! 避けてたの、お兄ちゃんのほうで……」
「僕は、理緒が僕を嫌がってるんだと思ってた」
「そんなわけない……!」
理緒は思わず身を乗り出す。
「私、お兄ちゃんに嫌われたんだって思ってたのに……」
「……そんなわけないだろ」
兄の声が、今度は静かに落ちる。
「理緒こそ、なんでそんなふうに思ってたの?」
「お兄ちゃんが、私との勝負に乗ってくれなくなって……それから、“会社は理緒が継げばいい”って言ったから……」
兄は、言葉を失ったように黙り込む。
理緒は補うように続けた。
「……でも、それは……私が無神経なこと言ったからで……」
兄は小さく息を吐いた。
「ごめん。勝負のことは、正直あまり覚えてないんだ。だから、そんなに深い意味はなかったと思う。中学に入って忙しくなったし、僕も……思春期だったし」
少し照れくさそうに笑う。
「でも、それ以上に、“理緒のほうが向いてる”って言ったことだよね」
「うん」
「あれは、本心だよ。怒って言ったわけじゃない」
「……え?」
「正直、悔しい気持ちはあったかもしれない。理緒のほうが出来るって、思ってたから。でも、それで理緒に怒ったり、嫌いになったりしたことは一度もないよ」
「……そう、だったんだ……」
「うん」
理緒はぎゅっと手を握りしめる。
「でも、お兄ちゃん、それから私のこと避けて……挨拶くらいしかしなくなって……だから私……」
「ごめん。理緒に八つ当たりした自覚はあったし、理緒が僕を怖がってるって思ってたから……どう接していいか分からなくなってた」
理緒は小さく息を吸う。
「……中二の夏、お祖母ちゃんが危ないって言われて、でも私が田舎行きたくないって言った時……お兄ちゃん、“家で二人きりは困る”って言った」
「あれは……理緒が困るかなって思って」
「困んないよぉ……」
ぽろり、と涙が零れる。
「えっ、理緒!?」
兄が慌てて身を乗り出す。
理緒は涙を拭いながら、それでも兄を真っ直ぐ見た。
「私、お兄ちゃんのこと、ずっと大好きだもん……」
「えぇっ!? ちょ、待って……」
兄は耳まで真っ赤になりながら、慌ててポケットからハンカチを取り出して差し出した。
理緒はそれを受け取り、目元へ当てる。
「……ありがと、お兄ちゃん」
兄は少し俯き、それから小さく笑った。
「……理緒。僕も、ずっと理緒のこと、大切な妹だと思ってたよ」
「……うん」
兄の声が少し小さくなる。
「僕も……理緒のこと、好きだよ」
理緒は、その言葉に、まるで幼い頃に戻ったような笑顔を向ける。
「……うん」
温かな沈黙が、二人の間にゆっくり広がった。
やがて理緒が、ふと思い出したように口を開く。
「……ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
「お兄ちゃんって、シスコンなの?」
「……は?」
兄の動きが止まる。
「理緒、急に何を……」
「ふふっ」
理緒は、兄の慌てぶりが可笑しくて、思わず吹き出した。
「あのね、誠さんが、“達也はシスコンだ”って言うの」
「誠、あいつ……」
兄の声が低くなる。
理緒は気にせず続けた。
「“だから安心して二人で話してこい”って、背中押してくれたんだよ」
兄は小さく息を吐いて、苦笑した。
「……誠には敵わないな」
「お兄ちゃんでも敵わない人いるんだね」
「理緒は僕を何だと思ってるんだよ。うちの学校なんて、鬼才だらけだったぞ?」
「えぇっ? 誠さん以外にも、お兄ちゃんが敵わない人いるの?」
「そりゃいるよ」
「……そっか。そうなんだ」
理緒はどこか安心したように笑う。
兄も、完璧な人間じゃない。
ちゃんと悩んで、不安になって、失敗もするんだ。
でも……
だからこそ、今こうして向き合えている気がした。
「……そろそろ、誠に連絡するか?」
「うん。そうだね」
兄はスマホを取り出しかけて、ふと思い出したように理緒を見る。
「ところで、誠と付き合ってるのか?」
「えぇ!? そんなわけないよ!?」
「誠が弟になるの、なんか嫌だな……」
「ちょっと、お兄ちゃん!? 弟って何!?」
「……いや、知らない男が弟になるよりはマシか……?」
「お兄ちゃんってば!!」



