誠さんは、あの日以降、
「起業しない?」
と言わなくなった。
最初に気付いたのは、何でもない授業帰りに門の前で会った時だった。
「じゃ、またな」
「……はい」
それだけ。
前なら最後に必ず、半分挨拶みたいに言っていた。
『起業しない?』
でも、それがない。
理緒は最初、たまたまだと思った。
けれど、
次に会った時も。
その次も。
誠さんは普通に話して、普通に笑って、普通に別れるだけだった。
――言わない。
理緒は歩きながら、ぼんやり考える。
別に、言われなくなったから困るわけじゃない。
むしろ、あのしつこい勧誘がなくなったなら、静かになっていい――
――はずなのに、なぜか気になった。
そして数日後。
英会話の授業が終わったあと。
教室を出ながら、理緒は何となく口にしてしまった。
「……そういえば」
「ん?」
「最近、“起業しない?”って言わなくなりましたね」
言った後で、理緒は後悔した。
別に聞くつもりじゃなかった。
ただ、気付いたことが、そのまま口から出ただけだった。
誠さんは一瞬だけ目を丸くした。
それから、したり顔で笑う。
「まぁな」
それだけ言って、ひらひらと手を振る。
「じゃ、俺ゼミあるから」
「え……?」
理緒が反応する前に、誠さんはそのまま去っていってしまった。
理緒は、その背中を見送る。
「……どういうこと?」
意味が分からない。
考えても分からない。
その時。
理緒のスマホが震えた。
画面を見る。
送り主は誠さん。
しかも、CampUsConnect経由だった。
《会議やるから、今日の6限後、マンション来て》
理緒は眉を寄せる。
――そんな勝手な。
せめて確認とか、予定とか。
人を呼び出す言い方ではない。
理緒はスマホを見つめ、返信しようとして、止まる。
《今日は無理です》
そう打てば終わる。
別に、断ってもいい。
でも、
理緒は小さく息を吐いた。
結局。
6限後、理緒は大学から電車に乗っていた。
「……なんで行くんだろう」
誰に聞かせるでもなく呟く。
でも、答えは出なかった。
マンションの前に着く。
前回来た時と同じドア。
理緒は少しだけ緊張しながら、インターホンを押した。
『はーい』
すぐに誠さんの声が聞こえた。
数秒後、ドアが開く。
「お、来た」
誠さんは前と変わらない調子だった。
「……お邪魔します」
「どーぞ」
部屋へ入ると、前より少しだけ散らかっている気がした。
「理緒ちゃん、こんばんは」
奥から昌大さんが顔を出す。
「……こんばんは」
「今日、デザイン会議ね」
「デザイン……?」
「あとUI周り」
誠さんはピザの箱を開けながら言う。
「座って。その前に腹ごしらえ」
理緒はクッションへ腰を下ろした。
3人でピザを食べ始める。
「理緒ちゃんがまた来てくれるなんて嬉しいな」
昌大さんはピザを頬張りながら言う。
「来るつもりはなかったんですが……」
「でも来た」
誠さんは、飲み物を注ぎながら飄々と言う。
「……」
理緒は返す言葉もなく、もぐもぐとピザを食べ、誠さんから受け取ったコップのコーラをごくんと飲み込んだ。
3人でのピザパーティーが終わると、そのまま自然に会議が始まった。
誠さんがノートPCを開いて画面を見せる。
「で、ここまで修正した」
以前、理緒が指摘した位置情報周りの仕様だった。
共有範囲。
初期設定。
表示精度。
かなり変更されている。
「……ちゃんと直したんですね」
「そりゃな」
誠さんは軽く笑う。
「事故起きたら終わるし」
昌大さんが肩をすくめる。
「僕ら、めちゃくちゃ反省したからね」
理緒は少しだけ安心した。
でも。
画面を見ているうちに、また別の部分が気になり始める。
通知頻度。
プロフィール導線。
コミュニティ検索。
イベント公開範囲。
視線が自然と止まる。
誠さんは、その様子を見ていた。
「……神崎さん」
「はい」
「本当は気付いてること、いっぱいあるでしょ」
理緒の肩が、一瞬だけ揺れた。
「……別に」
「ある」
即答だった。
誠さんは逃がさない。
「その顔、完全に“気になってるけど言うか迷ってる顔”」
「そんな顔してません」
「してる」
昌大さんまで頷く。
「してるね」
理緒は言葉に詰まる。
誠さんは続けた。
「遠慮しなくていいから言って」
「……でも」
「言って」
理緒は少しだけ黙った。
画面を見る。
それから、小さく息を吐く。
「……イベント検索、条件が多すぎます」
「お?」
「普通の人は、細かく設定しません」
理緒は画面を指差す。
「カテゴリも曖昧です。“交流”と“雑談”の違いが分かりません」
昌大さんがメモを取る。
理緒は続けた。
「あと、プロフィール画像必須なの、抵抗ある人いると思います」
「匿名性下がる?」
「はい。特に女子学生は」
「なるほど」
誠さんは頷く。
理緒は止まらなくなっていた。
「通知も多いです。最初に疲れます」
「そんな来る?」
「来ます」
「マジか」
「あと、“おすすめコミュニティ”が人数順なのも危険です」
「危険?」
「新規コミュニティが埋もれます」
昌大さんが顔を上げる。
「……あー」
「強いコミュニティだけ強くなる設計です」
誠さんが少し笑う。
「神崎さん、やっぱそういうの見えるんだな」
理緒はそこで、ハッとした。
――しまった。
また、言い過ぎた。
理緒は視線を落とす。
「……すみません。色々言い過ぎました」
「全然」
誠さんは即答した。
「むしろ助かる」
そして、さらに追い打ちみたいに言う。
「まだあるだろ」
「……え?」
「神崎さん、“これくらいでやめとこう”って止めた時の顔してる」
理緒は黙る。
図星だった。
誠さんは頬杖をつく。
「全部言って」
理緒はしばらく迷った。
でも。
結局、また口を開いてしまう。
「……色合いが、少し不快感あります」
「色?」
「はい。長時間見てると疲れる気がします」
「えー、結構頑張ったのに」
昌大さんが苦笑する。
理緒は続けた。
「あと、文字サイズが微妙に小さいです」
「うっ」
「それと、“学生らしさ”を出したいのは分かるんですけど、全体的に内輪感があります」
部屋が少し静かになる。
理緒は言葉を選びながら続けた。
「初めて入る人が、“ここ馴染めるかな”って不安になるかもしれません」
昌大さんが少し眉を寄せた。
「……でも、それはユーザー側が慣れれば……」
「慣れる前に離れます」
理緒は反射的に返していた。
「最初に居心地悪い場所には、人は残りません」
「……」
「“合う人だけ来ればいい”だと、コミュニティは広がりません」
昌大さんの表情が少し強張る。
普段、おっとりした雰囲気の昌大さんが、珍しく早口になる。
「……それ、エンジニア側としては、かなり頑張って作ってるんだけど。字が小さいことは分かってるけど、大きくするとアイコンに干渉する部分もあって、あえてその大きさなんだ。色とか配置とかいろいろ試してて、とにかく時間掛けてんだよ!」
部屋に緊張感が広がる。
「昌大」
誠さんが静かに言う。
理緒はそこでようやく気付いた。
自分が、かなり踏み込んだことを言っている。
「……すみません」
理緒はすぐ視線を落とした。
「私、言い方が……」
「いや」
昌大さんは息を吐く。
「……悔しいけど、言ってることは分かる」
昌大さんは苦笑した。
「また、設計者都合になってた」
それから、理緒を見る。
「ごめん。感情的になってたね」
理緒は目を瞬かせる。
「……いえ。私も、言い過ぎました」
「いや、神崎さんは正論だった」
昌大さんは肩をすくめる。
「慢心してたかもなぁ」
部屋の空気が、少しだけ緩む。
誠さんはそんな二人を見ながら、小さく笑った。
「やっぱ神崎さんすごいね。俺たちに必要だと思う」
「……必要って言い方、やめてください」
「なんで?」
「……困ります」
誠さんは少しだけ目を細める。
でも、それ以上は何も言わなかった。
それから三人は、淡々と修正作業を進める。
「理緒ちゃん、できたよ。こんな感じ?」
「そうですね……私はプロではないですが……でも、さっきよりも見やすくなったと思います」
「じゃあ、ここは……こう?」
「それは、こっちがバランス悪くなってるぞ?」
「じゃあ、こっちを下げたらどうですか?」
「いいね……って、あれ? もう、こんな時間か」
気付けば、かなり時間が経っていた。
「……え」
理緒はスマホの時間表示を見て、目を見開く。
「もうこんな時間……」
日付を跨ぐ直前だった。
昌大さんが伸びをする。
「集中すると時間飛ぶね」
誠さんも時計を見る。
「終電大丈夫?」
理緒は慌てて電車アプリを開く。
そして。
「あ……」
「ん?」
「人身事故で、止まってます」
部屋は静まり返る。
理緒はすぐ立ち上がった。
「……帰ります」
「どうやって?」
「歩いて」
誠さんと昌大さんが同時に固まる。
「は?」
「家どこ?」
「永福町です」
「遠っ」
「1時間ちょっと歩けば着くと思うので、大丈夫です」
誠さんは即座に眉を寄せた。
「余計一人で帰せないだろ」
「でも……」
「最近この辺、不審者情報多いぞ」
理緒の動きが止まる。
誠さんは続けた。
「実家か?」
「……いえ。一人暮らしです」
「は!?」
誠さんが思わず声を上げる。
「お前、一人暮らしなの!?」
「……言ってませんでしたか?」
「聞いてねぇ!」
昌大さんが間に入る。
「理緒ちゃん、明日何限から?」
「1限です」
「なら、僕の部屋泊まっていく? 大学も近いし」
「え?」
「このマンションの下の階なんだ」
その瞬間。
「それはダメだ!」
誠さんが強めの声で言った。
部屋が止まる。
昌大さんが目を丸くした。
「え?」
「いや……」
軽く咳払い。
「わざわざ知らない部屋に移動しなくても、泊まるならこの部屋でいいだろ」
昌大さんがニヤッとする。
「なるほど?」
「違ぇよ」
「じゃあ、3人でお泊まり会だね」
「お前も泊まんのかよ」
「え? 理緒ちゃんと二人きりになろうとしてた?」
「ねぇよ」
即答だった。
理緒はそのやり取りを見ながら、小さく口を開く。
「……帰ります」
「「一人はダメ」」
誠さんと昌大さんの声が重なった。
理緒は黙る。
たしかに、
知らない夜道を一時間以上。
しかも、不審者情報もある。
安全とは言えない。
怖くないと言ったら、嘘になる。
理緒はしばらく迷ってから、小さく息を吐いた。
「……じゃあ、一晩だけお邪魔させてください」
誠さんは少しだけ安心したように息を吐いた。
昌大さんはニコニコと笑う。
「よし。お泊まり会だぁ」
「テンション高いな、お前」
「だって青春っぽいじゃん」
「大学生が終電逃しただけだろ」
そんな軽口が飛ぶ。
理緒は、そのやり取りを見ながら少しだけ不思議に思っていた。
男子大学生の部屋。
本来なら、もっと緊張すると思っていた。
でも。
怖さより先にあったのは。
――なんだか、変な人達。
そんな、少しだけ呆れるような感想だった。
「起業しない?」
と言わなくなった。
最初に気付いたのは、何でもない授業帰りに門の前で会った時だった。
「じゃ、またな」
「……はい」
それだけ。
前なら最後に必ず、半分挨拶みたいに言っていた。
『起業しない?』
でも、それがない。
理緒は最初、たまたまだと思った。
けれど、
次に会った時も。
その次も。
誠さんは普通に話して、普通に笑って、普通に別れるだけだった。
――言わない。
理緒は歩きながら、ぼんやり考える。
別に、言われなくなったから困るわけじゃない。
むしろ、あのしつこい勧誘がなくなったなら、静かになっていい――
――はずなのに、なぜか気になった。
そして数日後。
英会話の授業が終わったあと。
教室を出ながら、理緒は何となく口にしてしまった。
「……そういえば」
「ん?」
「最近、“起業しない?”って言わなくなりましたね」
言った後で、理緒は後悔した。
別に聞くつもりじゃなかった。
ただ、気付いたことが、そのまま口から出ただけだった。
誠さんは一瞬だけ目を丸くした。
それから、したり顔で笑う。
「まぁな」
それだけ言って、ひらひらと手を振る。
「じゃ、俺ゼミあるから」
「え……?」
理緒が反応する前に、誠さんはそのまま去っていってしまった。
理緒は、その背中を見送る。
「……どういうこと?」
意味が分からない。
考えても分からない。
その時。
理緒のスマホが震えた。
画面を見る。
送り主は誠さん。
しかも、CampUsConnect経由だった。
《会議やるから、今日の6限後、マンション来て》
理緒は眉を寄せる。
――そんな勝手な。
せめて確認とか、予定とか。
人を呼び出す言い方ではない。
理緒はスマホを見つめ、返信しようとして、止まる。
《今日は無理です》
そう打てば終わる。
別に、断ってもいい。
でも、
理緒は小さく息を吐いた。
結局。
6限後、理緒は大学から電車に乗っていた。
「……なんで行くんだろう」
誰に聞かせるでもなく呟く。
でも、答えは出なかった。
マンションの前に着く。
前回来た時と同じドア。
理緒は少しだけ緊張しながら、インターホンを押した。
『はーい』
すぐに誠さんの声が聞こえた。
数秒後、ドアが開く。
「お、来た」
誠さんは前と変わらない調子だった。
「……お邪魔します」
「どーぞ」
部屋へ入ると、前より少しだけ散らかっている気がした。
「理緒ちゃん、こんばんは」
奥から昌大さんが顔を出す。
「……こんばんは」
「今日、デザイン会議ね」
「デザイン……?」
「あとUI周り」
誠さんはピザの箱を開けながら言う。
「座って。その前に腹ごしらえ」
理緒はクッションへ腰を下ろした。
3人でピザを食べ始める。
「理緒ちゃんがまた来てくれるなんて嬉しいな」
昌大さんはピザを頬張りながら言う。
「来るつもりはなかったんですが……」
「でも来た」
誠さんは、飲み物を注ぎながら飄々と言う。
「……」
理緒は返す言葉もなく、もぐもぐとピザを食べ、誠さんから受け取ったコップのコーラをごくんと飲み込んだ。
3人でのピザパーティーが終わると、そのまま自然に会議が始まった。
誠さんがノートPCを開いて画面を見せる。
「で、ここまで修正した」
以前、理緒が指摘した位置情報周りの仕様だった。
共有範囲。
初期設定。
表示精度。
かなり変更されている。
「……ちゃんと直したんですね」
「そりゃな」
誠さんは軽く笑う。
「事故起きたら終わるし」
昌大さんが肩をすくめる。
「僕ら、めちゃくちゃ反省したからね」
理緒は少しだけ安心した。
でも。
画面を見ているうちに、また別の部分が気になり始める。
通知頻度。
プロフィール導線。
コミュニティ検索。
イベント公開範囲。
視線が自然と止まる。
誠さんは、その様子を見ていた。
「……神崎さん」
「はい」
「本当は気付いてること、いっぱいあるでしょ」
理緒の肩が、一瞬だけ揺れた。
「……別に」
「ある」
即答だった。
誠さんは逃がさない。
「その顔、完全に“気になってるけど言うか迷ってる顔”」
「そんな顔してません」
「してる」
昌大さんまで頷く。
「してるね」
理緒は言葉に詰まる。
誠さんは続けた。
「遠慮しなくていいから言って」
「……でも」
「言って」
理緒は少しだけ黙った。
画面を見る。
それから、小さく息を吐く。
「……イベント検索、条件が多すぎます」
「お?」
「普通の人は、細かく設定しません」
理緒は画面を指差す。
「カテゴリも曖昧です。“交流”と“雑談”の違いが分かりません」
昌大さんがメモを取る。
理緒は続けた。
「あと、プロフィール画像必須なの、抵抗ある人いると思います」
「匿名性下がる?」
「はい。特に女子学生は」
「なるほど」
誠さんは頷く。
理緒は止まらなくなっていた。
「通知も多いです。最初に疲れます」
「そんな来る?」
「来ます」
「マジか」
「あと、“おすすめコミュニティ”が人数順なのも危険です」
「危険?」
「新規コミュニティが埋もれます」
昌大さんが顔を上げる。
「……あー」
「強いコミュニティだけ強くなる設計です」
誠さんが少し笑う。
「神崎さん、やっぱそういうの見えるんだな」
理緒はそこで、ハッとした。
――しまった。
また、言い過ぎた。
理緒は視線を落とす。
「……すみません。色々言い過ぎました」
「全然」
誠さんは即答した。
「むしろ助かる」
そして、さらに追い打ちみたいに言う。
「まだあるだろ」
「……え?」
「神崎さん、“これくらいでやめとこう”って止めた時の顔してる」
理緒は黙る。
図星だった。
誠さんは頬杖をつく。
「全部言って」
理緒はしばらく迷った。
でも。
結局、また口を開いてしまう。
「……色合いが、少し不快感あります」
「色?」
「はい。長時間見てると疲れる気がします」
「えー、結構頑張ったのに」
昌大さんが苦笑する。
理緒は続けた。
「あと、文字サイズが微妙に小さいです」
「うっ」
「それと、“学生らしさ”を出したいのは分かるんですけど、全体的に内輪感があります」
部屋が少し静かになる。
理緒は言葉を選びながら続けた。
「初めて入る人が、“ここ馴染めるかな”って不安になるかもしれません」
昌大さんが少し眉を寄せた。
「……でも、それはユーザー側が慣れれば……」
「慣れる前に離れます」
理緒は反射的に返していた。
「最初に居心地悪い場所には、人は残りません」
「……」
「“合う人だけ来ればいい”だと、コミュニティは広がりません」
昌大さんの表情が少し強張る。
普段、おっとりした雰囲気の昌大さんが、珍しく早口になる。
「……それ、エンジニア側としては、かなり頑張って作ってるんだけど。字が小さいことは分かってるけど、大きくするとアイコンに干渉する部分もあって、あえてその大きさなんだ。色とか配置とかいろいろ試してて、とにかく時間掛けてんだよ!」
部屋に緊張感が広がる。
「昌大」
誠さんが静かに言う。
理緒はそこでようやく気付いた。
自分が、かなり踏み込んだことを言っている。
「……すみません」
理緒はすぐ視線を落とした。
「私、言い方が……」
「いや」
昌大さんは息を吐く。
「……悔しいけど、言ってることは分かる」
昌大さんは苦笑した。
「また、設計者都合になってた」
それから、理緒を見る。
「ごめん。感情的になってたね」
理緒は目を瞬かせる。
「……いえ。私も、言い過ぎました」
「いや、神崎さんは正論だった」
昌大さんは肩をすくめる。
「慢心してたかもなぁ」
部屋の空気が、少しだけ緩む。
誠さんはそんな二人を見ながら、小さく笑った。
「やっぱ神崎さんすごいね。俺たちに必要だと思う」
「……必要って言い方、やめてください」
「なんで?」
「……困ります」
誠さんは少しだけ目を細める。
でも、それ以上は何も言わなかった。
それから三人は、淡々と修正作業を進める。
「理緒ちゃん、できたよ。こんな感じ?」
「そうですね……私はプロではないですが……でも、さっきよりも見やすくなったと思います」
「じゃあ、ここは……こう?」
「それは、こっちがバランス悪くなってるぞ?」
「じゃあ、こっちを下げたらどうですか?」
「いいね……って、あれ? もう、こんな時間か」
気付けば、かなり時間が経っていた。
「……え」
理緒はスマホの時間表示を見て、目を見開く。
「もうこんな時間……」
日付を跨ぐ直前だった。
昌大さんが伸びをする。
「集中すると時間飛ぶね」
誠さんも時計を見る。
「終電大丈夫?」
理緒は慌てて電車アプリを開く。
そして。
「あ……」
「ん?」
「人身事故で、止まってます」
部屋は静まり返る。
理緒はすぐ立ち上がった。
「……帰ります」
「どうやって?」
「歩いて」
誠さんと昌大さんが同時に固まる。
「は?」
「家どこ?」
「永福町です」
「遠っ」
「1時間ちょっと歩けば着くと思うので、大丈夫です」
誠さんは即座に眉を寄せた。
「余計一人で帰せないだろ」
「でも……」
「最近この辺、不審者情報多いぞ」
理緒の動きが止まる。
誠さんは続けた。
「実家か?」
「……いえ。一人暮らしです」
「は!?」
誠さんが思わず声を上げる。
「お前、一人暮らしなの!?」
「……言ってませんでしたか?」
「聞いてねぇ!」
昌大さんが間に入る。
「理緒ちゃん、明日何限から?」
「1限です」
「なら、僕の部屋泊まっていく? 大学も近いし」
「え?」
「このマンションの下の階なんだ」
その瞬間。
「それはダメだ!」
誠さんが強めの声で言った。
部屋が止まる。
昌大さんが目を丸くした。
「え?」
「いや……」
軽く咳払い。
「わざわざ知らない部屋に移動しなくても、泊まるならこの部屋でいいだろ」
昌大さんがニヤッとする。
「なるほど?」
「違ぇよ」
「じゃあ、3人でお泊まり会だね」
「お前も泊まんのかよ」
「え? 理緒ちゃんと二人きりになろうとしてた?」
「ねぇよ」
即答だった。
理緒はそのやり取りを見ながら、小さく口を開く。
「……帰ります」
「「一人はダメ」」
誠さんと昌大さんの声が重なった。
理緒は黙る。
たしかに、
知らない夜道を一時間以上。
しかも、不審者情報もある。
安全とは言えない。
怖くないと言ったら、嘘になる。
理緒はしばらく迷ってから、小さく息を吐いた。
「……じゃあ、一晩だけお邪魔させてください」
誠さんは少しだけ安心したように息を吐いた。
昌大さんはニコニコと笑う。
「よし。お泊まり会だぁ」
「テンション高いな、お前」
「だって青春っぽいじゃん」
「大学生が終電逃しただけだろ」
そんな軽口が飛ぶ。
理緒は、そのやり取りを見ながら少しだけ不思議に思っていた。
男子大学生の部屋。
本来なら、もっと緊張すると思っていた。
でも。
怖さより先にあったのは。
――なんだか、変な人達。
そんな、少しだけ呆れるような感想だった。



