紫苑が私の目の前で立ち止まる。
その目は妖しく光って、余裕そうに微笑んでいる。
「な……なんのことぉ?瑠奈、今水飲みに来たら偶然そこに爽真くんがいただけで……」
「はい、リップ。返すね?」
ポケットからリップを取り出した紫苑が、私の手を取ってそれを握らせる。
ころんと手のひらで転がったリップは、紫苑に初めて迫られた日、私が失くしたものだ。
「えっ?あ、……あーっ!
これ、瑠奈の!
拾ってくれてたの?ありがとう」
落としたの、かなり前だよ……?
なぜこのタイミングで、わざわざ?
内心ざわつきながら、にこにこ笑顔は絶やさない。
「いえいえ、どういたしまして」
紫苑も人好きのする、表の王子様スマイル。
それが余計に怖くて、紫苑の出方を窺っていると……
リップを手渡してもなお私の手を握り続けていた紫苑の手が、ゆっくりと離れていく。
かと思えば、深夜でも完璧に巻きを入れた私の毛先を掬った。
「髪。今日はストレートじゃないんだね」
私に向かって言っているのに。
その目だけは完全に爽真を見ている。
“瑠奈の素を知っているのはお前だけじゃない”
まるで、そう言っているかのように。



