「……」
(……だめだめ!気にしてはいけない)
今、演技中だし。
美玲だって、爽真→美玲を作るための演出として演ったんだろうし。
そもそも、美玲と爽真が近いからって私にどうこう言う権利はないし――……
内側は悶々としながら、素知らぬ顔で美玲の前を通り過ぎようとする。
すると、美玲がふっと本から視線を上げる。
丸くて大きい澄んだ瞳が私のことを、じっと見つめた。
「どうしたの?瑠奈ちゃん。
私の手元に、何かある?」
ぴくんと思わず胸が跳ねる。
私を見上げる美玲は、今日も清らかで隙のない完璧な美少女。
だからちょっとだけ気後れして、少し遅れて笑顔を作った。
「……何もないよっ?
なんの本読んでるのかなぁって思っただけ」
「――……」
美玲は黙ったまま、じっと私を見つめ続ける。
なんとなくピリついた空気に、コポコポとドリップコーヒーが膨らむ音が混ざる。
ほんの少し酸味のあるコーヒーの苦い香りが、リビングに漂った。
(……会話終了……、で、いいのかな?)
歯切れの悪さに内心首を捻りながら、キッチンの方に向き直る。
すると、美玲が静かに口を開いた。
「これは恋愛小説。瑠奈ちゃんも読む?
……ずっと片想いしてた人が、他の人に恋しちゃう話なの」
ざわりと、なぜか胸が泡立つ。
綺麗に微笑む美玲の目は、純真で、悪意がなくて、なのに底知れない怖さがある。
なんでそう思うんだろう?
なんで目を逸らしたくなってるんだろう?
だけど逸らしたらいろいろ崩壊する気がして、見つめ合い続けるしかできなかった。
長い沈黙と、2杯分にしては長過ぎる、コーヒーがカップに落ちる音。
ドクドクと嫌な緊張で胸がいっぱいになった時――
美玲の笑顔がふっと軽くなった。
「ただおすすめだよって言いたかっただけなの。
そんなに悩まないでね」
「え、あ……悩んだって言うかぁ……
美玲ちゃんって恋愛小説とか読むんだぁってびっくりしただけ」
乾いた笑いを誤魔化して、“瑠奈”の無自覚煽りで返事をする。
美玲は本のページに指をかけながら、再び静かに話し始めた。
「この小説って、切ないお話なんだけど……
最後はね、好きな人はちゃんとヒロインを選んでくれるの」
美玲の微笑む目が、腹を括ったようにわずかに細くなる。
か細いのに芯のある声色に、気圧されて息を呑んだ。
「それが、このストーリーの好きなところ」
(……小説の話……だよね?)
なのになんだろう、この――
説明し難い圧力は。
「……へぇ、そうなんだぁ。
気が向いたら読んでみるねっ♡」
思った以上にきゃぴきゃぴした声と仕草が、上滑りする。
真正面にいるのが気まずくなって、キッチンに逃げ込んだ。



