元カレは、今も私をミケと呼ぶ

✴✴✴


――朝。

あの後、彼から連絡が来るかも、なんて。
淡い期待をしていた。

けれど、スマホに通知がなかった。

(……さみしい)

あの瞬間にそう言えていたら。
何か変わっていたのかな、と考える。

出掛ける支度をする。

普段は憂鬱な休日出勤のはずが、
今日は不思議と頑張ろうと思えてしまう。

(なんでだろ)

頭に浮かぶのは、あの笑顔。

――昔から、そうだった。

分かっているのに。分からないフリをしてきた。


鏡に向かって呟いた。

「大人っぽくなったかな」

髪をひとつに結んで、後れ毛を耳にかける。

ふと。

ホームでの、彼の口の動きを再現してみた。

「うーん。……“のってる”?」

違う。

「“わんわん”?」

満面の笑みが浮かんできて、思いきり吹き出した。

「いやいや、それはない!」

もう一度。

「……“あってる”」

「……」

――ハッとした。

ゆっくりと、口を動かす。

「“待ってる”、とか……?」

胸の奥が、じんわり熱くなる。

(……連絡しよう、私から)

スマホを取り出して、画面を見つめる。

連絡帳からすぐに見つけた。

ずっと、消せなかった名前を。

変わったこともある。

でも、変わっていないものもある。

だから――まだ、変われる。


深呼吸をしてから、メッセージを打ち込む。

「今度、ゆっくり会えないかな」

形があれば安心できると思っていた。

でも、今ならやっと分かる。

あの頃、陽太が私を大切に扱ってくれたこと。

その温度こそが、何よりも確かな「形」だったのだと。


今さら都合のいい女かもしれない。

それでも、もう一度彼と向き合いたい。

今度は私が、彼を温められるような存在になれたらと……。

送信ボタンを押すとき、かすかに指が震えた。

でも。
返事がないという不安が、不思議とない。

(ほんと、私ってどうしようもない……)

送信済みの画面を見て、苦笑いをする。


スマホ画面の時刻が目にとまり、小さく悲鳴を上げた。
慌てて家を飛び出す。

また電車に乗り遅れてしまうかも。

それでも、不思議と足取りは軽かった。

よく晴れた空を見上げて、私なりの精一杯な笑みを向ける。

(――待ってて)