誘惑して、と言われても、何をどうすればいいかわからない。どちらにせよ、佳乃くんはあたしを困らせたいだけだと思う。戸惑うあたしの顔を見て、からかいたいだけ。恥じらっている姿を見せたら負けな気がする。
佳乃くんの首筋をつかんで、彼のくちびるに、自分のくちびるを近づける。距離感がわからず、鼻先がぶつかってしまった。それでも途中でやめるわけにはいかないから、やけくそで、食らいつくみたいにキスをした。意地悪な佳乃くんは目を瞑ってくれなかった。
くちびるが離れていく。佳乃くんに後頭部を撫でられると、後から羞恥心が追いついてきた。自分からキスをして、その姿をばっちり見られてしまったと考えるだけで、顔があつくなる。あーあ、最悪。
「キスくらいでおれが興奮するとでも思ったの?」
「JKとの犯罪キスが好きなんでしょ」
「まあ、好きかな」
次は彼の方からキスをされる。
やり返すつもりで、今度はあたしが目を開けたまま彼のキスを受け入れてみたけど、佳乃くんはあたしとの駆け引きなんかどうでもいいって言うみたいに、瞼を伏せて余裕そうにあたしのくちびるを貪った。
まるい瞼と、密度の高い睫毛、かたちの良い鼻筋。見ているだけで、切ない気持ちになる。
くちびるが離れて、近くで見つめあって、またキスをされて、ゆるゆると舌を絡めて、また離れて、数センチの距離から瞳の奥を覗き込まれる。視線が交差した。白目に滲む毛細血管ですらも愛おしかった。
スカートにタックインしているブラウスを、ごつごつした手で引き出される。
「もう興奮したの?」
「おれ、気まぐれだから」
吸いかけの煙草の火は消されることなく、灰皿の上に放置されている。どうせ行為中に吸うこともないだろうに、なぜ火を消さずに取っておくのだろう。佳乃くんの行動はまったく理解できない。これからもきっと、彼の行動を理解できる日なんて来ないのだろうけど。
「身体、きれーだね」
真っ直ぐな褒め言葉をうまくかわすことができなくて、喉元に言葉が詰まる。そんなあたしをからかうみたいに、彼はゆるく微笑みながらあたしをシーツに沈めた。
◇
あまい言葉と白濁を吐き出した佳乃くんは、ピロートークに興じることもなく、なくなった煙草を買いに行くと言って、ひとり部屋を出て行った。
懐いてきたと思ったら、するり手元を抜けてどこかに行ってしまう。彼は猫みたいだ。温室育ちの、甘やかされている飼い猫。たくさんの愛をもらっているくせに、それが当たり前みたいな顔をして、自由を求めふらりどこかに消えていく。
部屋にひとりで放置されて、退屈で仕方なかったあたしは、佳乃くんの部屋を抜け出して、すぐ隣にある乃亜くんの部屋をノックしていた。
ノックを無視されることは目に見えていたので、すぐにドアを開ける。
「のーあくん」



