そのままぼうっと彼の顔を横から眺めていると、乃亜くんの喉仏が上下した。

 あたしは彼の首筋や関節の節々に一種の郷愁を覚えながら、ほとんど衝動的に口を開く。



「乃亜くん。これからも一緒、いる?」

「……夢見さんも、十分ずるいよ」

「なんで」

「そういうの、おれから言いたかった」



 視線が交わる。その瞳の湿っぽさに、しまった、と思った。

 あたしは本当に、余計なことばかり言ってしまう女だ。



「あたしの悪癖が、出てしまいました」

「ほんとに、どうしてくれんの」

「どうぞ。乃亜くんからやり直して」

「はー。こんなはずじゃなかったのに」



 彼はちょっとだけ拗ねたように目を細めて、苦虫を噛み潰したような顔をした。

 ばかだなあ。乃亜くんからの好意なんて、とっくの昔からふたりの間の共通認識になっているはずなのに。なんで今さら、そんなふうに口籠るのだろうか。

 それでもこうして、乃亜くんは乃亜くんなりに、しかるべきタイミングで、ふたりの関係をきちんと形あるものにしておきたいのだろう。まあ、あたしもその方が好みなのだが。

 乃亜くんが佇まいを直して、咳ばらいをした。



「おれは、退屈な男かもしれないけど」

「うん」

「でもおれは、佳乃なんかよりも、ぜったい、ぜったい、良い男になる、から」

「……うん」

「だから、一緒にいてくれませんか」



 乃亜くんにしては上出来かも、とか、頭の中では冷静なことを考えているくせに、心臓はなぜか、さっきよりもどくどくと拍動のスピードを増していた。

 どうしよ。余裕でいたいのに。



「佳乃くんよりも、良い男になってくれるの?」

「なる。なるから、」

「約束守んなかったら、乃亜くんもバッドでぶん殴るから」



 痛くて、苦しくて、辛くて、最低で最悪な恋だった。だけど、それでもあの人のことが好きだった。

 乃亜くんが兄の面影を携えている限り、あたしはあの人を忘れることはできないだろう。乃亜くんはそれをきちんと理解している。彼はそれでもなお、あたしの隣に居たいと言う。乃亜くんも、ずいぶんと酔狂な男だ。

 目の前にいる乃亜くんが、佳乃くんに完璧に成り替わることはできないだろう。佳乃くんの軽薄さは一種の才能で、乃亜くんはたぶん、佳乃くんのそれに追いつくことはできないと思う。

 それでも乃亜くんは、変わっていくことを約束してくれた。あたしはそれを受け入れることにした。

 あたしも、少しは変われたのかな。

 直情的で、メンヘラで、考えるよりも先に行動してしまうこの性格は直せないままだけど、考え方はちょっとだけ変わったような気がする。

 たとえば、隣にいる男に対する、ゆるやかな情、とか。

 あたしが泣いているときにいつも、世界からあたしを守ってくれるように立ってくれる乃亜くんの、不器用なところにすこしだけ惹かれ始めている。だけどそれはまだ、彼には言えないままだ。

 痛かった秋と冬は、もうすぐ過去になる。

 やわらかくなった3月の日差しが西に傾いた。じきに、春が来る。