不埒な週末を共にした佳乃くんが、まさか、同級生のお兄さんだったなんて。

 どうしてあのとき、佳乃くんはそれを言ってくれなかったんだろう。あたしの学生証を見たときにはきっと、あたしと乃亜くんが同じ高校の同級生であることに気付いていたはずなのに。

 そんなふうに思考を巡らせていると、目の前にいた乃亜くんが、制服ズボンのポケットから何かを取り出し、こちらに差し出してきた。



「これ。佳乃が、夢見さんに返しておいてって」



 それを受け取り、一番最後のページをめくると、きちんとあたしの顔写真と名前が載っていた。

 しばらくは手元に戻ってこないだろうと思っていた学生手帳。まさかこんな形で返ってくるとは思わなかった。



「……乃亜くんはさ、あたしと佳乃くんが会って何をしたか、知ってる?」

「まあ、なんとなく」

「へえ。見かけによらずやらしいんだね」



 学生手帳を閉じ、スカートのポケットに仕舞う。

 そのまま、頭ひとつ分だけ高い位置にある彼の顔を見上げた。

 髪の毛がノーセットだから一見野暮ったく見えるけれど、乃亜くんの顔をよく見ると、たしかに佳乃くんの面影があった。とくに、鼻筋と、くちびる。



「……佳乃とのことは、もちろん黙ってるつもりだけど。できれば、これ以上佳乃と会うの、やめてほしい」

「なんで?」

「おれ、しずかに生きたいの」



 ふざけてるとしか思えないセリフだったが、乃亜くんは全然笑っていなかった。目も、鼻も、口も、頬も。表情を構成するすべてのパーツがぎこちない。

 たしかに佳乃くんに似てるけど、佳乃くんと乃亜くんは、まったく別の人間だ。



「夢見さんが佳乃と関わったら、うるさくなりそうだし」

「ねえ。すっごく失礼なこと言ってる自覚、ある?」

「あるよ。そう言われるのも覚悟のうえで、こうして夢見さんを呼び出して、お願いしてるから」



 そのとき、5限の授業開始5分前を告げる予鈴が鳴った。そろそろ教室に戻らなければいけない。

 先に歩き始めたのは乃亜くんだった。彼はあたしを踊り場に取り残したまま、ひとりで階段を降りていく。

 あたしはその背中に向かって、声を上げた。



「乃亜くん、ごめんね?」



 階下に降りた乃亜くんがこちらを振り向く。



「今日も放課後、佳乃くんと会う約束してるの」



 佳乃くんと関わるな、だなんて、無理だから。

 あたしがそう言うと、乃亜くんはあからさまに溜息を吐いて、今度こそ向こうに消えてしまった。