「え、あたし?」

「何とぼけてんの! 先週の金曜、泉のスタバにいるの見かけたよ」



 先週の金曜。泉のスタバ。最近スタバに行った用事なんて、ひとつしかない。フラペチーノを飲みながら佳乃くんを待ち続けたあの日のことだ。

 あのときは結局、夜に佳乃くんと合流できたけれど、その直前まで、隣の席には乃亜くんがいた。会話はほとんどなかったけれど、周りからはカップルのように見えていたかもしれない。

 彩海が見たのはどっちだろう。佳乃くん? それとも乃亜くん?



「……相手、誰だったかわかる?」

「え、言っていいの?」

「いいよ」

「D組の町田くんでしょ?」



 やはり、乃亜くんだったか。

 彩海の放った「D組の町田くん」という余所余所しい呼び方に、笑ってしまいそうになる。彩海はきっと、乃亜くんとほとんど面識がないのだろう。そりゃあ、そうだ。学年で目立つタイプの男子だったらまだしも、そうじゃない他クラスの男子となんて関わる道理がない。

 案の定、紗良の方も「町田って誰?」と口にした。だよね。あたしも最初、誰かわからなかったもん。

 そんな中、伊織が反対側の得点板をめくりながら、「知ってるよ」と言う。



「泉中だった町田乃亜でしょ。おとなしいけど、顔はそこそこじゃない?」

「うそ。そんな人いた?」

「いるいる。廊下で会ったら教えてあげる」

「え、てか宵はその町田くんと付き合ってんの?」

「紗良、声デカいって!」



 付き合ってないよ、と否定しかけたけど、そう言ってしまったら、どうして付き合っていないのにあの日一緒にいたのかと尋問が始まるだろう。

 そうなれば、佳乃くんのことを話さないといけなくなる。

 佳乃くんとの関係は、あまり大っぴらにしない方がいいはずだ。マッチングアプリという出会い方もあまりよろしくないし、未成年飲酒やラブホテルの利用がバレたら大変なことになってしまう。

 あー、でも、言ってしまいたい。乃亜くんといい感じになっていると勘違いされるのも癪だし。どうしよ、言っちゃおうかな。



「乃亜くんじゃなくて、乃亜くんのお兄さんを狙ってるんだよね」



 結局恋バナ欲に負けてしまい、そう暴露すると、あたし以外の3人は顔を見合わせて、それから水を得た魚のように、ええ〜~!! と黄色い声を上げた。

 浮気相手をバッドでぶん殴るくだりよりも、倍以上の声量になっている。またも向こうから体育教師の「うるさい!!」が飛んできた。

 体育教師の小言なんて意に介さないといった具合で途端に始まった質問責めに、あたしはまんざらでもなく、半分くらい正直に、半分くらい嘘を織り交ぜながら答えていく。大学生に恋をしている自分に多少の優越感を覚えながらも、頭の中では、ちっともあたしのものになってくれない想い人——佳乃くんのことを考えた。

 さっきは、彼氏がもし浮気をしたら、彼氏も浮気相手の女もまとめてバットでぶん殴ると言ったけれど、もしも佳乃くんが彼氏だったなら、きっと、もっと悲惨なことになる。だって佳乃くんには、たくさんの女の影がある。ひとりひとり殴っていくのはキリがないし、きっとそれは根本的な解決にならない。

 佳乃くんの場合、有象無象の浮気相手よりも、どちらかといえば、佳乃くんが過去に本気で愛した女の方が厄介かもしれない。あたしはそのひとを、殴ってみたい。ねえ、佳乃くんから奪った愛を彼に返して。そして佳乃くんは、その愛をあたしに頂戴よ。そうすればきっと、全部が丸く収まるでしょ。