それから、2時間ほど無言の時間が続いた。

 乃亜くんは席についてから30分以上もゲームをしていて、やっとノートを開いて数学の課題を始めたかと思えば、それから10分後にはノートを開いたまま、またもゲームをし始めた。

 あたしは乃亜くんが隣で何をしていようが別にどうでもいいから、怠惰で集中力のない彼を隣に置いたまま、ガラス窓の外を横切る人影をひたすら目で追った。SNSのチェックも欠かさない。途中でスマホの充電がなくなってきたので、乃亜くんの充電コードを無言で借りる。乃亜くんは文字通り何の反応も示さなかった。

 乃亜くんが注文したホットココアも、いつしか中身が空になる。



「おれ、そろそろ帰るけど」

「うん」

「夢見さんは?」

「……あと15分だけ」

「かわいそ」

「うん」

「佳乃、家にいたら教えてあげる」

「うん」



 窓の外はすっかり暗くなっていた。中身を吸い尽くしてからしばらく経つフラペチーノのカップは、内側に残ったクリームもすらも乾いている。そろそろ、店にも居づらくなってきた。どうしよう、すごく惨めだ。



「……じゃあ。帰り、気を付けて」



 乃亜くんが残していった言葉は、あたしが一人で帰ることを前提としているみたいだ。憐れむくらいなら乃亜くんが佳乃くんを連れてきて、と言いたかったけど、もう、乃亜くんを攻撃する体力もない。

 隣の席が空いてから少し経つと、心がぽっきりと折れそうになる。

 ガラスの外を通る人影を確認しようにも、あたりが暗いせいで、人の顔なんてまともに見れやしない。見れたとしても佳乃くんが来ないなら何の意味もない。

 カウンターテーブルに突っ伏し、顔を伏せる。泣いてしまいそうだった。

 そのとき。

 目の前のガラス扉が、こんこん、と軽く叩かれる。

 諦め半分で顔を上げる。

 黒いスーツに、深いグレーのネクタイを身に着けた、おそろしいくらいに好みの男が、ガラスの向こう側に立っていた。夜の底冷えのせいか、アルコールのせいかわからないけれど、頬をやや赤らめて、へらり笑っている。

 彼は口をぱくぱくと動かした。

 こ、お、ひ、い。

 ああ馬鹿だな、でも好きだなって思ってしまって、負けたような気がした。会ったら文句のひとつでも言ってやろうとか、そういうことを考えていたのに、もうぜーんぶどうでも良くなってしまった。思考能力がぴたりと停止し、好きとか愛したいとか尽くしたいとか抱きしめたいとかが飛び交って、一生に一度の恋でもいいからやっぱりこの人だけがいいって、そんなことを思わせてくるのがずるくて最高で最悪だった。

 ば、か、の2文字を口パクで返す。

 馬鹿なあたしは嬉々として、ホットコーヒーをふたつテイクアウトした。