他人を待つのは、苦手だ。嫌いといってもいい。基本的に待ちたくないから、友人や恋人との待ち合わせでは、ギリギリの時間を狙うか、あえて数分遅刻するようにしている。

 そんなあたしを待たせるのは佳乃くんがはじめてだ。憎たらしいけど、それは裏を返すと、彼が特別だということになる。

 どろどろになったフラペチーノを音を立てて吸い上げる。底に溜まった最後の一滴まできちんと甘くて、安心した。

 スマホを見て、友達のSNSを見て、義務のようにハートマークを愛の色で染め、流行りの曲で構成されたプレイリストを無心で再生し、気になるコスメはブックマークに入れておく。情報に埋もれたかった。これは、徐々に膨れ上がる負の感情に鈍感であるためのおまじない。

 スマホの画面をスクロールしていると、隣から、椅子を引く音が聞こえる。

 ずっと空いていた隣の席に、湯気の立ったしろいマグカップが置かれた。その骨ばった手のかたちに見覚えがある。

 窓の外に彼の姿を見つけてはいないけれど、もしかしたら——という期待を捨てきれず、視線を持ち上げる。

 その顔を見て、肩から力が抜けた。



「……なんで来たの」

「不憫だったから。あと、数学の課題」

「あー、乃亜くんの部屋、机ないもんね」

「なんで知ってんの」

「前に乃亜くんの部屋行ったじゃん。覚えてないの?」

「そんなことあったっけ」



 乃亜くんは席に着くと、背負っていた黒リュックからスマホの充電コードを取り出して、カウンターテーブルのコンセントに挿した。

 佳乃くんが来たんじゃないかって勘違いしそうになるから、乃亜くんにはぜひとも全身を整形してほしい。へルタースケルターの逆。



「佳乃くんかもって期待したのに、乃亜くんだとげんなりするから。来るなら来るって連絡して」

「八つ当たり?」

「そーだよ」

「おれじゃなくて佳乃に怒れば」



 乃亜くんはコードを繋げたスマホを横持ちにして、ゲームをし始める。いつもと同じ、人をばんばん撃って倒すタイプのゲームだ。男の子ってなんでこんなに、人を倒すゲームばっかりするんだろう。

 ていうか、数学の課題をやりに来たって言ったくせにゲームしてるし。乃亜くんって、変なところが佳乃くんに似てる。

 なぜか隣にやってきた乃亜くんのことは、すぐにどうでもよくなった。窓ガラスの向こうに視線を戻し、人間観察を再開する。佳乃くんじゃない、佳乃くんじゃない、佳乃くんじゃない、と頭の中で呟く。今のあたしの脳みそは、佳乃くんか、佳乃くんじゃないかという二択のフィルターを介することでしか世界を認識しない。



「夢見さんは、なんで佳乃がいいの」

「好きだから」

「正直、佳乃にたくさん女いること、知ってるでしょ」

「まあ、なんとなく」

「それでも好きなのって、なんで」

「好きだからって言ってんじゃん」



 あたしの恋愛感情は理屈じゃない。好きだから好き。会いたいから会う。待ちたいから待つ。それ以外の何物でもない、単純明快で馬鹿げた論理。それでもこっちは真剣なのだ。



「……ふうん」



 乃亜くんは、横向きの画面を両手の親指で器用に操作しながら、怠そうに相槌を打った。