次の日。
わたしは、ベッドから出られなかった。
カーテンは閉めたまま。
スマホは伏せたまま。
学校攻略作戦室にも行けなかった。
ミユちゃんの言葉が、ずっと頭の中を回っていた。
『来なくてもいいかも』
来なくてもいい。
その言葉が、胸の中でどんどん大きくなる。
(わたしなんて)
(いない方がいいのかな)
涙が出そうになる。
でも、もう泣く元気もなかった。
ぼーっと天井を見る。
その時。
ピンポーン。
インターホンが鳴った。
わたしは動けない。
(宅配かな)
(どうでもいい)
すると、また鳴る。
ピンポーン。
ピンポーン。
しつこい。
ママ、早く出ればいいのに。
そう思って気づいた。
ママだってわたしのせいでストレスたまっている。
あああ、いやだ。
ほっといて欲しい。
少しイラッとしていると……。
階下からママの声。
「えっ!? 先生!?」
先生?
わたしの心臓が跳ねた。
まさか。
学校の先生?
無理。
会いたくない。
すると。
聞き覚えのある大声。
「ヒマリー!!」
……あ。
「作戦室の生存確認だー!! 生きているなら応答せよ、応答せよ」
ポン先生だ。
そして……
「うるさい!」
カンちゃんの声。
「近所迷惑でしょ。いい大人が何してるの」
「ヒマリが心配なんだ!」
「音量がおかしいでしょ」
なんだか笑っちゃった。
なんで来るの、こんなとこまで。
変な人たちだなぁ。
すると、階段の下からカンちゃんの声。
「ヒマリちゃん」
静かな声だった。
「部屋から出なくてもいい」
……
「でも、聞いて」
……
「ポン先生、コンビニでアイス十個買った」
「言い訳させろ。作戦に必要だからだ!」
「三人しかいないのに?」
「気合いだ!」
「昭和すぎるでしょ」
変。
ほんとに変。
笑いそうになる。
すると、カンちゃんが、少し小さな声で言った。
「……わたしも、昔こうだった」
……
「部屋から出られなかった」
「カーテン閉めて」
「スマホ見るだけでしんどくて」
「生きるの、めんどくさいって思ってた」
胸が、ぎゅっとなる。
「だから」
カンちゃんが言う。
「出られないの、わかる」
その言葉だけで、涙が出そうになった。
わかる。
それだけで、少しだけ苦しくなくなる。
「だから今日は」
カンナが続ける。
「外まで来なくていい」
「玄関まででいい」
「無理なら、ドア少し開けるだけ」
ポン先生も言う。
「五センチでいい!」
「なんならチェーン越し!」
「顔だけでも優勝!」
わたしは、思わず吹き出した。
優勝ってなんなの。
でも、
少しだけ、行ってみようかなと思った。
ゆっくり起き上がる。
ぼさぼさの髪。
パジャマ。
ひどい顔。
でも。
一歩だけ。
部屋を出る。
また一歩。
階段を下りる。
玄関の前。
深呼吸。
こわい。
でも。
ガチャ。
少しだけドアを開ける。
「おっ!」
ポン先生の顔が、ぱっと明るくなる。
「出てきた!」
「声大きい」
カンナがすぐ言う。
「びっくりする」
「すまん!」
でも、わたしは少し思う。
なんだろう。
安心する。
ポン先生は、大きなレジ袋を持っていた。
「作戦物資!」
「アイス! 十個だ」
「買いすぎ」
カンナが冷静につっこむ。
「元気出ると思って!」
「昭和の人だなあ」
「仕方ないだろ昭和の生まれだ!」
ポン先生とカンちゃんは玄関に入り腰かけた。
「ヒマリ,アイス食え。お母さんもどうぞ」
それからみんなで、溶けそうなアイスを食べた。
もう大変。
「早く食え。一秒でも早く食うんだ!」
ティッシュの箱を取ってきて、溶けてしたたるアイスクリームを拭きとった。
「……作戦室、行けなかった」
わたしは頭を下げた。
「ごめんなさい」
すると。
ポン先生の顔が急にまじめになる。
「ヒマリ」
「はい」
「謝らなくていい」
「え?」
「来れん日もある」
「元気ない日は休む」
「風邪と同じだ」
「でも……」
「でもじゃない」
ポン先生がしゃがんで、目線を合わせる。
「今のヒマリは、十分頑張っとる」
「部屋から出た」
「ドア開けた」
「先生たちに会った。アイス食った」
「全部すごい」
目が熱くなる。
「わたし……」
声が震える。
「学校、もう無理かもしれない」
ポン先生は、すぐに否定しなかった。
少し考えてから言う。
「じゃあ今は、無理でいい」
「え?」
「学校だけが世界じゃない」
カンちゃんが言う。
「わたし、学校終わったって思った。
そして、わたしの人生終わったと思った」
「……わかる」
「でも終わらなかったよ。
作戦室で仕事してるよ。
給料もらって、親にお金渡してるよ。
おばあちゃんに帽子を買ってあげたよ。
学校時代より、社会人の方が楽だよ~」
「そうなんだ」
「ポン先生変だし。毎日面白いよ」
「変は余計だ!」
「でも」
カンちゃんが少し笑う。
「生きてれば、意外となんとかなる」
大丈夫。
じゃなくて。
なんとかなる。
その言葉の方が、少し信じられた。
「よし!」
ポン先生が立ち上がる。
「次の作戦!」
「学校じゃなくていい!」
「ヒマリの好きを取り戻す!」
「好き?」
「好きなことは?」
「……本」
「よし! 図書館作戦!」
ポン先生が少し考えてつぶやいた。
「あとパンケーキ!」
「なんで?」
「甘いものは正義だからだ。なあ、作ろうよ。パンケーキ!」
「昭和の発想だなぁ。付き合ってやるか」
カンちゃんが言う。
「昭和なめるな!」
わたしは、吹き出した。
ちゃんと笑った。
玄関から出て、空を見る。
カーテンを閉めていたのでわからなかった。
外はちゃんと明るい。
学校は、まだこわい。
友達のことを思うと、胸も痛い。
でも、終わりじゃないかもしれない。
その時、ポン先生が、まっすぐ言った。
「ヒマリ」
「はい」
「学校に行ける日も、行けん日もな」
「君の価値は、一ミリも変わらん」
それを聞いて、わたしは、少し泣いた。
でも、前みたいな苦しい涙じゃない。
あたたかい涙だった。
「ポン先生、かんちゃん、ありがとう」と思った。
でも、言えなかった。
ふたりは、アイスを食べ終わると「じゃあ」と言って帰って行った。



