神代課長は、気づかない──私が、その手に捕らわれていることに


仕事を終えて、エレベーターでエントランスへ降りると、外には既に課長が待っていて、私を見ると肩の力をふっと抜いたようにも窺えた。

「……来てくれてよかった」

並んで歩き出すと、しばらく沈黙が続いたあとに、ふと低い声が落ちた。

「昨日の君の言葉が、ずっと頭から離れない」

横にある顔は、仕事の時のように冷静に見えるのに、どこか微かな揺らぎが潜んでいるように感じる。

「全部、だなんて……あれは反則だ」

足を止めて告げる課長に、思わず私もピタリと足を止めた。

「……君がそう言うのなら、私も応えたい。ただの上司ではいられない」

不意に告げられた思いから、冷たい夜風を感じさせない熱が、ジンと伝わってくる。

そうして、長い間焦がれていた彼の手が、私の頬をそっと包み込んだ。

「私が、この手で触れたいと思えるのは……君だけだ」

待ち望んでいた告白に、息が止まりそうになる。

つと腕を引かれたビルの陰で、

「手だけじゃなく、唇で触れてもいいだろうか?」

静かな声音で問いかけられて、黙って首を縦に頷いた。

互いの唇が重なり合うと、捕らわれていたのは、やっぱり私だけじゃなかったと思えた──。