神代課長は、気づかない──私が、その手に捕らわれていることに

翌朝、就業前のエレベーターで、偶然に神代課長と二人きりになった。

「おはようございます」

「ああ、おはよう」

ドアを閉じるボタンを押そうとした一瞬、同じように伸ばされた課長の指と触れ合った。

「……すまない。昨日の今日で、気をつけるつもりだったんだが」

そう言いながらも、触れた手はなかなか離れなかった。

閉ざされた密室の中で、課長に聞かれてしまうんじゃないかと思うくらいに、心音がうるさく高まっていく。

「いえ……大丈夫です」

胸の高鳴りを呑み込んで、ようやくそれだけを返すと、神代課長はほんの少しばかり柔らかに目を細めて、私を見た。

「君に触れると、どうにも冷静でいられなくなるな」

ふとした呟きに、抑え込んだはずの心音がどくんと跳ねる。


やがて昼休みになり、自分の席に戻ると、私のデスクの上に、ふと小さなメモが置かれていた。


──帰りに、少しだけ時間をもらえるだろうか。

 
神代課長のあのしなやかな指先で綴られた流麗な文字に、私の目は釘付けになった。