神代課長は、気づかない──私が、その手に捕らわれていることに

席に戻ると、午後の光が少し傾いていた。

神代課長は、デスクに資料を置くと、左手の腕時計を外した。

デスクにさり気なく置かれた金属製の腕時計が、西日を受けて煌めいて見える。

「……これ、見せてくれ」

ふとかけられた声に顔を上げると、神代課長が座っている椅子を、こちらへ少しずらしていた。

私が操作していたパソコンの画面を覗き込み、マウスでカーソルを動かす。

マウスを操る手が、すぐ横で滑るように動く。

「ここ、よく整理したな」

「……ありがとうございます」

「君は、細かいところに気づくな」

「ありがとうございます……」

無意識に頬が熱っぽくなり、ただ同じようにしか返せない。

神代課長は、マウスを動かすのを止め、ふと視線を落とした。

その視線の先にあるのは── 、課長自身の手だった。

「……さっきから、妙に視線を感じる気がするんだが」

心臓がドクンと跳ねる。

「え……」

「気のせいかもしれないが」

神代課長は、指先を軽く曲げ、自分の手を確かめるように見つめた。

「何か、ついているのか?」

その問いかけに、黙って首を左右に振った。

──何もついてなんかいない。
ただ、目が離せないだけで──。

「い、いえ……」ようやくそれだけを声に出す。

「そうか」

神代課長は納得したように頷いて、

「このまま進めて構わない」

と、自席へ戻って行った。