神代課長は、気づかない──私が、その手に捕らわれていることに

神代課長は、私が作成した資料の確認を終えると、手にしたペンを置き、軽くこめかみに触れた。

その一連の仕草すら、スマートで隙がない。

「……ここ、数字が違うな」

低い声が落ちて、私は慌ててモニターを確認した。

「あ、すみません。すぐに直します」

「いや、責めてるわけじゃない。気づいたポイントを君と共有しただけだ」

淡々とした言い方なのに、冷たさは感じられない。

むしろ、“必要なことだけを正確に伝える”そんな理知的な優しさが窺えた。

神代課長は、修正して再提出をした資料のページをめくりながら、静かに指先を滑らせる。

その動きに、またも目が吸い寄せられてしまう。

──どうして、こんなにも目で追ってしまうんだろう。

「……大丈夫か?」

そこへ不意に声をかけられて、 ビクッと肩先が跳ねた。

「え、あ、はい。大丈夫です」

「さっきから少しぼんやりしているように見えたが」

「い、いえ本当に、何も……」

しどろもどろで口にする。まさかあなたの手を見ていたなんて、言えるわけもなかった。

「会議、そろそろ行くぞ」

神代課長が、何気なく私の肩をポンと叩く。

手が軽く触れたほんの一瞬、胸がドキリとする。

神代課長は何も気づかない。 私が、その手に捕らわれてしまっていることを──。