「……榛名さん? お帰りではなかったんですか」
「待ってました」
短い答えだった。普通なら待たれているなんて嫌なはずなのに、どうしてか嫌だとは思わなかった。
何を待っていたのか、鈴にはわかっていた。でも聞かずにいた。聞いてしまうと、答えなければならない。
郁人の視線が、車椅子に落ちた。
一瞬だけ。それから、すぐ鈴の顔へ戻ってきた。
驚いている顔ではなかった。慌てている顔でもなかった。誰もがするような「知らなかった」という顔でもなかった。
ただ——真剣な顔だった。何かを決めた人間の顔、とでも言えばいいだろうか。
「芹沢さん、少し話せますか」
「私、今日はもう上がりですので」
「わかってます。五分だけ」
断ろうとした。断るべきだった。
この人が何を言おうとしているのか、もうわかっていた。車椅子の自分を見て、気の毒に思った。正義感の強い人なのだろう。誰かを助けたいと思う気持ちを、恋愛と混同している。それだけのことだ。
だから、聞いてはいけなかった。
聞いたら、傷つく。相手も、自分も。
そう思っていた。



