年下御曹司は、車椅子の彼女に愛を刻み込む。





    ***



 定時の十八時を過ぎ、夜番のスタッフへの引き継ぎを終えると、エントランスはすっかり静かになっていた。

 昼間あれほどにぎやかだった空間が、ひっそりと別の顔を見せる。間接照明だけになった大理石の床が、深い琥珀色に沈んでいた。
 カウンターの内側で、車椅子のフットレストに足を乗せ直した。

 長時間同じ姿勢でいると、夕方になるにつれて腰が重くなる。今日は来客が特に多く、立て続けに対応が続いたせいで、いつもより疲れが骨のあたりまで沁みていた。痛みではない。じんとした、重さだ。

 リュックに荷物をまとめて車椅子の後ろに掛けて「お疲れ様でした」と他の社員に伝えてエントランスに向かった。

 あと少しでエントランスの自動ドア、というときにドアが開く。瞬間、冷たい夜気が頬を打った。
 今は十一月の夜だ。日が落ちると急激に冷える。マフラーを持ってくればよかった、と思いながら手袋をはめる。

 駐車場への渡り廊下を進もうとして、タイヤが止まった。

 止めたのは鈴自身だった。



「芹沢さん」



 声がした。

 振り返ると、郁人がいた。

 スーツのジャケットを小脇に抱え、ネクタイを少しだけ緩めた格好で、正面玄関の脇の柱にもたれている。上着を着ていないのに、寒そうな様子もない。打ち合わせはとっくに終わっているはずの時間だった。
 鈴は、自分が今どんな格好をしているか、わかっていた。

 車椅子に乗っている。受付カウンターの内側ではなく、外の廊下で。上半身だけではなく、全部が見える。初めて、全部見られてしまった……