「お疲れ様です、芹沢さん」
声を聞く前に、もうわかっていた。
「お疲れ様です」という挨拶をするのは、この人だけだ。普通は来訪者から『おはようございます』か『こんにちは』と言われる。でもこの人は、受付に立っている鈴に向かってまるで同僚に言うように『お疲れ様です』と言う。
最初に言われたとき、少しだけ面食らった。今は慣れてしまってそれを聞くと朝が始まる気がする。
「榛名さん、本日はどのようなご用件でしょうか」
「三階の磯部部長に。例の件で打ち合わせを」
「少々お待ちください」
内線を入れながら、鈴は横目で来訪記録に目を走らせた。
今月だけで十二回。先月は十四回。
この人は、グローバルデザイン会社【HARUNA DESIGN】の代表取締役の榛名郁人さん。二十八歳——いや、もうすぐ二十九歳か。確か来月が誕生日だと、いつか話してくれた。
本社ビルのどこかに【HARUNA DESIGN】の顧客でもある部署があるらしく、月にというか週三回以上来ることは珍しくない。
鈴より二つ年下。
グレーのスーツを軽やかに着こなした長身の男。肩幅が広く、ネクタイの結び目はいつも少しだけ緩い。
完璧に整えようとしていないわけではなくて、完璧に整えることに興味がない……という感じ。少し癖のある黒髪も、整えてはいるけれど、型にはまっていない。
笑うと目尻に細かいしわが寄って、年齢より少し幼く見える。
そのことを意識するようになったのは、いつからだろう。



