雨降る屋上で演劇部長が仕掛けた恋の罠 ~イケメン漫研部長は、その三文芝居に逆襲する~


◆第一幕「設定:流れのままに」

 登校し、下駄箱の扉を開けると、薄ピンクの可愛いデザインの封筒が入っていた。封を開けると、これまた可愛い便箋に二行のメッセージが綴られていた。


“お伝えしたいことがあります。
 今日の放課後、屋上に来ていただけますか。”


 宛先も差出人も名前も無く、怪しさ満載だが、この流れに乗ることにした。漫画を描くことくらいしか能が無い俺を、誰がどんなつもりでこんな『ラブコメ王道パターン』で呼びだそうとしているのか、興味が湧いたからだ。


 授業が終わり、普段あまり使わない階段を上って屋上に出る。梅雨前の爽やかな青空が広がっている。

 正面には、ツインテールの女子生徒が立っていた。名前までは覚えていないが、確か一年の子だ。彼女は俺が近づくのを不思議そうに眺めていたが、やがてハッとした表情を見せた。俺はその子の一メートル手前で立ち止まる。

「ご、ごめんなさい。下駄箱、間違えました」


 そう言い残すと、彼女は口を押さえながら足早に俺の横を通り過ぎ、階段に通じるドアに消えていった。

 まあ、こんなもんだろう。俺は漫研の部長をやっているが、部といっても男ばっかり五人で漫画を読んだり描いたりしている、パッとしない男だ。漫画のネタにもならないオチだったのが残念だった。ただそれだけだ。


 翌朝。

 下駄箱の扉を開けると、薄ブルーの可愛いデザインの封筒が入っていた。封を開けると、これまた可愛い便箋に二行のメッセージが綴られていた。


“お願いしたいことがあります。
 今日の放課後、屋上に来ていただけますか。”


 宛先も差出人も名前も無く、怪しさ満載だが、この流れに乗ることにした。二日続けてこんな手紙が入っているなんて、何かしら、誰かの意図があるはずだ。


 授業終わり、昨日も使った階段で屋上に出る。今日も爽やかな青空が広がっている。

 正面には、ショートボブの女子生徒が立っている。名前までは覚えていないが、確か二年の子だ。彼女は俺が近づくと、幾分そわそわし始めた。

「柏木先輩ですよね、すみません、急に呼び出したりして」
「いいけど、何の用?」


「こんなこと頼むの、厚かましいと思うんですけど……先輩は漫画家の橘一誠さんのアシスタントをおやりになってるんですよね?」
「ああ、たまにだけど」

 高二の時に漫画雑誌の新人賞で佳作をとったのをきっかけに、橘先生が声をかけてくれたのだ。
 その女子生徒は、鞄の中から四角い物を取り出す。

「あの、今度橘先生にサインを貰っていただけますでしょうか? 私、大ファンなんです」

 まあ、そんなもんだろう。俺は色紙とサインペンを受け取った。その子はお願いしますと軽く頭を下げて屋上を後にした。


 告白ではなく、見当外れのお願い。これも『ラブコメ、屋上呼び出し』のアルアルだ。
 俺は預かった色紙をくるくる回しながら、階段を降りていった。


◆第二幕「対立:逆襲」

 翌朝。

 下駄箱の扉を開けると、薄グリーンの可愛いデザインの封筒が入っていた。封を開けると、これまた可愛い便箋に二行のメッセージが綴られていた。


“お詫びしたいことがあります。
 今日の放課後、屋上に来ていただけますか。”


 宛先も差出人も名前も無く、怪しさ満載だが、この流れに乗ることにした。三日続けてこんな手紙が入っているなんて。しかもこの展開、心当たりがある。


 授業が終わり、昨日も使った階段で屋上に出る。
 空は厚い雲が立ちこめ、今にも降り出しそうだ。


 正面には、セミロングの女子生徒が立っている。この子は知っている。

 同じ三年生の藤堂冬香だ。

 彼女は演劇部の部長で、自分で脚本を書き、ヒロインを演じる。演劇部の公演があると、終演後には終演後には他校の男子まで出待ちの列を作るとも聞く。

 彼女とは部活動の連絡会で一言二言、言葉を交わした程度の仲だ。でも、密かに俺は彼女に恋心を寄せている。いや、周りの連中に言わせると、それがダダ漏れしているらしい。


「柏木君。急に呼び出してごめんなさい」
「……何の用かな?」


 その時、俺の背後、屋上に出るドアの方からバタバタと複数の足音が聞こえた。振り返ると女子生徒が七名ほど。その中に昨日のショートボブの子も、一昨日のツインテールの子もいる。


 俺をぐるりと取り囲むと、冬香は一歩前に出た。

「柏木君。三日連続屋上に呼び出されて、今日はどうなると思う?」
 彼女はそう言うと、急に吹き始めた風になびく髪を押さえ、微笑みを浮かべた。


「さあ、何を考えているのかわからない。まったく予想がつかないな」
 ウソだ。本当は察しがついている。


「ここにいる子達は、みんな演劇部のメンバーよ」

 思い出した。ショートボブの子もツインテの子も、放課後に体育館脇で発声練習をしていたのを見たことがある。


「私達はね、あなたに協力してもらって、演劇のシナリオづくりと練習をしていたの」
「……別に協力した覚えはないけどな。で、この後、どうなるんだ?」
「ヒントはね……三幕構成」


 そういうことか。この状況から察すると、今は第二幕の真ん中。

「ミッドポイントか」
「さすが、素敵な漫画を描いているだけあって、よくご存じね」
「俺の作品なんか読んだことあるんだ」


 彼女はスマホを取り出し、顔の横で軽く振った。

 俺はネットで漫画を投稿している。今、この状態は、半年前に描いた作品のストーリーに似ている。
   
 その筋書きに従えば、彼女らは俺をどん底に突き落とすはずだ……よくも三日間も手紙に誘われてノコノコと屋上にやってこれたわねとか、いったい何を期待していたのとか。
 落とすだけ落として、第三幕に切り替わる。そこでは意外な結末が待っているはずだ。


 でも、俺はその筋書きには乗らない。決してプライドを傷つけられたからではない。
 二番煎じのシナリオをなぞるのがつまらなかったけだ。


「ふざけるな」

「え?」


「これは一体何の真似だ?」

「こ、この先、あなたが一番わかっているでしょ?」


「随分自信があるんだな……とにかく、こんなやり方は許せない」

 冬香の顔が青ざめる。唇が震えている。


「こいつらは、帰せ」

「だ、だって、この子達がいないと……」


「いいから!」

 俺は声を荒げる。


 彼女は、俺らを囲む女子生徒達に目で合図する。
 躊躇いながらも、一人また一人と屋上を後にしていった。

 残されたのは、世界に僕ら二人だけになったような、静かな雨の始まり。

 空からポツポツと雨粒が落ち、やがて本降りの雨となった。
 雨に濡れながら、向かい合う。


◆第三幕「解決:次のステージへ」

 冬香の肩が、微かに震えていた。舞台の上のヒロインではない、ただの、ずぶ濡れの女の子がそこに立っていた。彼女の不器用なシナリオは、俺に強がるための、頼りない傘だったのかもしれない。

「……本当にごめんなさい」

 震える声で彼女が詫びる。


 こんな結末を彼女は予想していただろうか?

 俺が描いた漫画では、散々馬鹿にされた後、男子生徒はリーダー格の女の子に告白され、二人を囲んだ女子生徒達は、フラッシュモブダンスで祝福。ハッピーエンドを迎えるはずだった。

 素晴らしい脚本を書き、自ら演じる演劇部の部長さんに、俺の安易なストーリーに逃げてほしくなかったんだ。
 ……いや、本当は、作り物のハッピーエンドの裏に隠された、彼女の震えるような本音(孤独)に、俺の手で触れたかっただけなのかもしれない。

 ミッドポイントで、彼女を突き落とした。なら、ここからは俺のプロットだ。エンディングに向けて、俺自身が彼女を持ち上げていかねばならない。

 空から落ちる雨粒は冷たい。

 ずぶ濡れになった彼女に腕を回した瞬間。

 確かな体温が僕の胸に伝わってきた。

 驚きの表情で僕を見上げる冬香。

 その瞳は、雨の雫のせいだけではなく、少しだけ潤んでいるように見えた。



「さあ、ここからは君の番だ。好きに演じていいよ」



-幕-