「家に帰るの、ほんとイヤ……」
ミミは、思わずため息をついた。
ランドセルがずっしり重い。
でも、本当に重たいのは――心のほう。
「毎日さ、すっごく疲れるんだよ」
すると、隣を歩いていたリコちゃんが首をかしげた。
「へー? リコは楽しいよ」
「え?」
「だって、ママと一緒に推し活してるもん!」
「……おしかつぅぅぅぅぅぅぅ!?」
わたしは、思わず叫んでしまった。
だって、ママとおしかつってどういうこと?????
「そう! 最近知ったんだけどめっちゃステキなVチューバ―がいてねぇ。リコもママの大好きになってね。ライブ動画見ながら、二人で叫んでるの!」
「うそ……」
「今度、遊びにおいでよ! 一緒にライブ動画みよう」
リコちゃんは、太陽みたいに笑った。
――いいな。
いいな、いいな、いいな。
胸の奥が、きゅうっと苦しくなる。
同じ十歳なのに。
どうして、こんなに違うんだろう。
まるで別の星の住人みたい。
うらやましくて。
ちょっとだけ――嫉妬した。
***
「ただいま」
ドアを開けた瞬間。
そこには、いつものようにママが立っていた。
「おかえりなさい」
……あ。
今日はゴキゲンだ。
時計を見る。
ぴったり。
時間通り。
帰宅時間を守った日は、ママは機嫌がいい。
でも――安心はできない。
ミミの放課後には、決まったルールがある。
まず、ジョギング。
そのあと家事。
お風呂掃除とトイレ掃除は、絶対。
「面倒くさいな……」
ぽろっと言えば、返ってくる言葉も決まっていた。
「ミミ。将来、絶対役に立つわ。その時、ママに感謝するはずだから」
……はいはい。
心の中でだけ返事をする。
終わったら、十五分でお風呂。
髪を乾かしながら音楽を聴く。
今はモーツァルト。
ピアノの練習曲だから、楽しみっていうより――勉強。
髪が乾いたら、防音室へ。
ピアノ二時間。
休日は四時間。
夏のコンクールで金賞を取らなきゃいけない。
だから、がんばるしかない。
夕飯はいつも健康的。
肉じゃが。
味噌汁。
焼き魚。
ほうれん草のおひたし。
玄米。
ママの「正しい食事」。
十五分以内に食べ終えたら、食器洗い。
ママは横で拭き係。
ふと思い出して、言った。
「リコちゃんの家、食洗機あったよ」
すると、ママは鼻で笑った。
「やっぱりね。手を使わないから頭が悪くなるのよ」
……まただ。
何を言っても。
最後は、なんだかイヤな気持ちになる。
パパは単身赴任。
相談しても、何も変わらない。
頼れる人なんて――いない。
そして。
一番しんどい時間が始まる。
勉強。
昨日の復習。
今日の課題。
大手塾の問題集。
英語。
そして、夜十一時半。
ママ特製の《ふりかえりテスト》。
間違えた瞬間――怒声。
「さっきやったばかりでしょう!!」
十歳。
ミミ。
学校が終わっても、毎日は終わらない。
むしろ――ここからが本番だった。
***
「今日、ほんと疲れた……」
夕飯のあと。
ママが何気なく聞いた。
「何かあったの?」
ミミは少し迷ってから言った。
「……みきちゃんの消しゴム、探してあげたの」
「みきちゃん?」
「うん。なくなっちゃって」
ママの目が細くなる。
「隠されたの? 取られたの?」
「わからない。でも……」
言葉がつまる。
ほんとは言いたくない。
でも。
言わなきゃ、変に思われる。
「先生が……ミミが隠したんじゃないかって」
――空気が止まった。
ママの顔色が変わる。
一瞬で。
「……ミミが疑われたの?」
声が低くなる。
「わかった」
ぴしゃり。
「明日、先生に言ってあげる。安心しなさい」
ママは胸を張った。
「これでも、頼れる母親なんだから」
――心臓が、ドクンと跳ねた。
ちがう。
そうじゃない。
言わなきゃよかった。
なんだか……嫌な予感がする。
胸が、ざわざわする。
***
【日記】7月4日 くもり
今日は、みきちゃんの消しゴムを探してあげた。
机のまわり。
ロッカー。
ゴミ箱の中。
いっぱい探した。
でも、見つからなかった。
お気に入りのキャラの消しゴムで、バニラの香りがするらしい。
でも、先生はずっと私を見ていた。
『ミミさん、あなたが隠したんじゃないの?』
『だって、あなたはそういうかわいい文具を持っていないでしょう。
欲しかったんじゃないの?』
すごく悲しかった。
『ちがいます。私は取っていません!』
ちゃんと言った。
でも、信じてもらえなかった。
疑われるって、こんなにつらいんだ。
こんな悲しい気持ち、生まれて初めて。
家に帰っても、疲れすぎて勉強に集中できなかった。
ママのつくってくれたふりかえりテストも、できなかった。
……残念な一日。
だけど。
本当に怖いのは――明日かもしれない。
ミミは、思わずため息をついた。
ランドセルがずっしり重い。
でも、本当に重たいのは――心のほう。
「毎日さ、すっごく疲れるんだよ」
すると、隣を歩いていたリコちゃんが首をかしげた。
「へー? リコは楽しいよ」
「え?」
「だって、ママと一緒に推し活してるもん!」
「……おしかつぅぅぅぅぅぅぅ!?」
わたしは、思わず叫んでしまった。
だって、ママとおしかつってどういうこと?????
「そう! 最近知ったんだけどめっちゃステキなVチューバ―がいてねぇ。リコもママの大好きになってね。ライブ動画見ながら、二人で叫んでるの!」
「うそ……」
「今度、遊びにおいでよ! 一緒にライブ動画みよう」
リコちゃんは、太陽みたいに笑った。
――いいな。
いいな、いいな、いいな。
胸の奥が、きゅうっと苦しくなる。
同じ十歳なのに。
どうして、こんなに違うんだろう。
まるで別の星の住人みたい。
うらやましくて。
ちょっとだけ――嫉妬した。
***
「ただいま」
ドアを開けた瞬間。
そこには、いつものようにママが立っていた。
「おかえりなさい」
……あ。
今日はゴキゲンだ。
時計を見る。
ぴったり。
時間通り。
帰宅時間を守った日は、ママは機嫌がいい。
でも――安心はできない。
ミミの放課後には、決まったルールがある。
まず、ジョギング。
そのあと家事。
お風呂掃除とトイレ掃除は、絶対。
「面倒くさいな……」
ぽろっと言えば、返ってくる言葉も決まっていた。
「ミミ。将来、絶対役に立つわ。その時、ママに感謝するはずだから」
……はいはい。
心の中でだけ返事をする。
終わったら、十五分でお風呂。
髪を乾かしながら音楽を聴く。
今はモーツァルト。
ピアノの練習曲だから、楽しみっていうより――勉強。
髪が乾いたら、防音室へ。
ピアノ二時間。
休日は四時間。
夏のコンクールで金賞を取らなきゃいけない。
だから、がんばるしかない。
夕飯はいつも健康的。
肉じゃが。
味噌汁。
焼き魚。
ほうれん草のおひたし。
玄米。
ママの「正しい食事」。
十五分以内に食べ終えたら、食器洗い。
ママは横で拭き係。
ふと思い出して、言った。
「リコちゃんの家、食洗機あったよ」
すると、ママは鼻で笑った。
「やっぱりね。手を使わないから頭が悪くなるのよ」
……まただ。
何を言っても。
最後は、なんだかイヤな気持ちになる。
パパは単身赴任。
相談しても、何も変わらない。
頼れる人なんて――いない。
そして。
一番しんどい時間が始まる。
勉強。
昨日の復習。
今日の課題。
大手塾の問題集。
英語。
そして、夜十一時半。
ママ特製の《ふりかえりテスト》。
間違えた瞬間――怒声。
「さっきやったばかりでしょう!!」
十歳。
ミミ。
学校が終わっても、毎日は終わらない。
むしろ――ここからが本番だった。
***
「今日、ほんと疲れた……」
夕飯のあと。
ママが何気なく聞いた。
「何かあったの?」
ミミは少し迷ってから言った。
「……みきちゃんの消しゴム、探してあげたの」
「みきちゃん?」
「うん。なくなっちゃって」
ママの目が細くなる。
「隠されたの? 取られたの?」
「わからない。でも……」
言葉がつまる。
ほんとは言いたくない。
でも。
言わなきゃ、変に思われる。
「先生が……ミミが隠したんじゃないかって」
――空気が止まった。
ママの顔色が変わる。
一瞬で。
「……ミミが疑われたの?」
声が低くなる。
「わかった」
ぴしゃり。
「明日、先生に言ってあげる。安心しなさい」
ママは胸を張った。
「これでも、頼れる母親なんだから」
――心臓が、ドクンと跳ねた。
ちがう。
そうじゃない。
言わなきゃよかった。
なんだか……嫌な予感がする。
胸が、ざわざわする。
***
【日記】7月4日 くもり
今日は、みきちゃんの消しゴムを探してあげた。
机のまわり。
ロッカー。
ゴミ箱の中。
いっぱい探した。
でも、見つからなかった。
お気に入りのキャラの消しゴムで、バニラの香りがするらしい。
でも、先生はずっと私を見ていた。
『ミミさん、あなたが隠したんじゃないの?』
『だって、あなたはそういうかわいい文具を持っていないでしょう。
欲しかったんじゃないの?』
すごく悲しかった。
『ちがいます。私は取っていません!』
ちゃんと言った。
でも、信じてもらえなかった。
疑われるって、こんなにつらいんだ。
こんな悲しい気持ち、生まれて初めて。
家に帰っても、疲れすぎて勉強に集中できなかった。
ママのつくってくれたふりかえりテストも、できなかった。
……残念な一日。
だけど。
本当に怖いのは――明日かもしれない。



