その日。
学校から帰ると、パパがいた。
平日の昼間。
仕事のはずなのに。
リビングに座っている。
顔色が悪かった。
「……ミミ」
声が変だった。
低くて。
苦しそうで。
嫌な予感がした。
「どうしたの?」
パパが、しばらく黙る。
何度も口を開きかけて。
閉じる。
そして。
ゆっくり言った。
「……ママが、事故にあった」
頭が真っ白になった。
事故?
「病院に運ばれたんだけど」
沈黙。
パパの目が赤かった。
「……亡くなった」
え。
世界が止まった。
死んだ?
ママが?
あのママが?
怒って。
命令して。
絶対に負けないママが?
「うそ……」
声が出ない。
泣きたいのか。
安心してるのか。
自分でも分からなかった。
ただ。
胸の奥が、ぐちゃぐちゃだった。
***
葬儀の日。
黒い服。
知らない大人たち。
線香の匂い。
白い花。
棺の中のママは、静かだった。
あんなに怒鳴っていた人なのに。
目を閉じて。
何も言わない。
もう。
怒られない。
そう思った瞬間。
涙が出そうになった。
……なんでだろう。
***
運転手の人が来た。
帽子を取る。
汗で前髪が額に張りついている。
顔は真っ青だった。
震えていた。
「申し訳ありません……」
何度も頭を下げる。
「わしの不注意です」
声がかすれている。
「……でも、聞いてください」
目が赤い。
「飛び出してきたんです」
しわがれた声。
「誰が運転しても……避けられませんでした」
長い沈黙。
「……死にたかったんやと思います」
ミミは、固まった。
死にたかった?
ママが?
そんなふうに見えなかった。
でも。
最後のあの日。
『ごめんなさい』
って言ってた。
あの顔を思い出す。
パパの手が。
ぎゅっと。
ミミの手を握った。
強く。
痛いくらいに。
「……妻を返してくれ」
低い声だった。
運転手は、何度も頭を下げた。
「すんまへん」
「ほんま、すんまへん」
***
その時。
見慣れない老夫婦が来た。
喪服にしわがついている。
靴も少し汚れていた。
急いで来たのが分かった。
「ミミちゃん……!」
おばあちゃんだ。
泣きそうな顔をしている。
パパのお母さんだった。
「慌てて来たもんだから……」
おじいちゃんが息を切らす。
「もう、びっくりして」
少し古びたネクタイ。
慌てて結んだ感じ。
なんだか。
あったかかった。
「ああ、ありがとう」
パパが小さく頭を下げる。
「俺たちは大丈夫だから」
少し無理して笑う。
「向こうのお母様たちも今着いたところ。あいさつ、お願いできる?」
パパのおばあちゃんは気をつかっている。
パパはごくりと唾をのみ込んだ。
「分かったよ」
***
その少し後。
ママのお母さん。
つまり、おばあちゃまが。
ぽつりと言った。
棺を見ながら。
「こんな死に方をして」
冷たい声だった。
「子どももちゃんと育てられなくて、別居までされて」
鼻で笑う。
「自業自得ね」
え。
わたしは、固まった。
「じごうじとくって何ですか?」
おばあちゃまは続ける。
「自分が悪いってことよ。
だいたい、親より先に死ぬなんて」
ため息。
「ほんと、親不孝。
わたしたちの介護は誰がしてくれるのよ。
娘を産んで安泰だとおもっていたけど、
とんだ番狂わせだわ」
おじいちゃまは、眼鏡を外して葬儀場のパンフレットをみていた。
そして、ふん。
と顔をそむけた。
胸が、ぎゅっとなった。
ママ。
怒る人だった。
怖かった。
でも。
……死んだのに。
そんな言い方されるの?
その時。
パパの手が。
また、ぎゅっと強くなる。
守るみたいに。
***
パパが、静かに頭を下げた。
「申し訳なかったです」
低い声。
「こんなことになってしまって」
すると。
おばあちゃまは、ため息をついた。
「いえいえ」
少し笑う。
でも。
目が冷たい。
「あの子がわがままで」
ぞくっとした。
「あなたも、さぞ苦労なさったでしょう?」
パパは何も言わない。
「ミミの嘘で、大恥かいたって言ってたわ」
え。
胸が痛くなる。
「何もかも」
おばあちゃまが言った。
「躾ができてなかったせいよ」
どこかで鐘の鳴る音がする。
「ほんと……自業自得だから」
わたしは
棺の中のママを見た。
静かな顔。
初めて思った。
──ママも。
ママに、こんなふうに言われながら育ったのかな。



