そこには、先ほどの柔らかさなど微塵もない。
リスナーがこの声を聴いたら、「えっ、違う人きました?」と思うレベル。
それくらい、声の温度が違いすぎる。
『んだよ、さっきのクソプレイは』
「あん?」
『どんだけアイテム無駄に消費すりゃあ気が済むんだ』
「はぁ?凪の指示が遅いのが悪いんでしょ……!」
『あんなの今時、
指示なしで小学生でも出来るわ。
……いや、そんなこと言ったら小学生に失礼か』
「はぁああ!? おいこら、もういっぺん言ってみろ…!」
『何度でも言ってやるよ。ノ・ロ・マ』
「きぃい!」
柔らかさどころか、容赦も遠慮もない。
口も悪いし、態度も悪い。
けど、喋っている人物は変わらない。
変わらないのだ。
そう。この男こそ――さっきまで紳士な“王子様実況者”だと騒がれていた、“ナギ”である。
そして、今見せているこの姿こそ、彼の本性だ。
『指示してからの反応遅すぎ。
俺が回復アイテム持ってなかったら終わってた』
「うぐっ」
『あと、ちょっと目ぇ離した隙にいなくなろうとすんのやめろ。めんどくせぇ』
「だって……!どこかに神アイテム隠れてるかもって思ったら探したいじゃん」
『どうせ雑魚しか引かないんだから、
死なないことだけ優先しろ』
「ぐはっ」
言葉の矢が刺さる、刺さる。
ううう。
こやつ……こっちがアイテム運ないのをいいことに、痛いところをついてくる。ぐうの音も出ない。
かといって、私だって役に立ちたい。
いつも、凪のおんぶに抱っこなんて嫌だ。
そう思って行動するけれど、見事に空回りしてしまうのがどうやら私のプレイスタイルらしい。
『マップ覚えろ。迷子になるな。敵につっこんでいくな。指示に反応しろ』
「あーあー何も聞こえません」
『おい』
いつものごとく、配信後の反省会(と言う名の喧嘩)を繰り広げる。
『あと、悲鳴くそでかすぎ。耳ちぎれるかとおもったわ』
「それは、しょうがないでしょ!今回のゲームの敵、リアルで怖かったし!」
『慣れろ』
「横暴反対……!!」
やいのやいのこうして会話をしながら、
配信中とのギャップにつくづく関心させられる。
紳士な王子様実況者のナギと、
配信後の、毒舌俺様男子の凪。
表の顔と、裏の顔。真逆の性格をこうも器用に切り替えられることに、
凄いなって思う。
同時に――この凪を知ったら、みんなはどう思うんだろうってことまで、思う。
『とりあえず、今日はもう遅ぇからここまでにしてやる』
「もー!はいはい!ご配慮に感謝いたします!」
『週明け、次何やるか決めるぞ』
「はーい!」
ふぅ。やっとお小言終了だ。
そう思いながら、ヘッドフォンに手をかけた。
――その時。
『おやすみ。楓花』
「……っ」
耳元で、囁くように落とされた声。
それは、さっきまでの鋭さも、作られたような柔らかさもない。
凪が私にだけ向ける穏やかで、気の抜けた声。
さっきまで毒を吐きまくってたくせに、
寝る前には、こうして必ず「おやすみ」を言う。それは、昔から変わらない。
「……うん。おやすみ。凪」
口元を緩ませつつ、一瞬の間のあとそう言葉を返す。そして、次こそ、ヘッドフォンを耳から外した。
「はぁ……」
軽く背もたれに体重を乗せると、ギイっとほんの少し軋んだ音を立てた。
眠い。
今日のゲーム、クリアするの結構時間かかったなぁ。
このままベッドにダイブして寝たい。
ぼんやりとそう思う。
けれど。まだ寝るわけにはいかない。
私には、まだやることがある。
軽く息を吐いたあと、
身体を起こして、マウスに手をかける。
カチ、カチと、カーソルを滑らせながらパソコン画面に表示された文字を目で追う。
追っているのは――今日の配信のコメント欄だ。
