君と歌姫はじめました!

窓の外で、夕暮れ前の風が揺れていた。

開けっぱなしの窓から流れ込む初夏の空気が、

薄いレースカーテンをふわりと膨らませる。

ベッドに寝転がったまま、七瀬有栖はだらしなく足を揺らしていた。

「んー……」

課題は広げて五分で飽きたらしい。

うつ伏せに頬杖をつきながら、意味もなく鼻歌を零し始める。

最初は適当なメロディ。

けれど、有栖の声は不思議だった。

ただの鼻歌なのに、耳に残る。

透明なガラス玉を指で転がしたみたいに、軽やかで澄んでいて。

気が付けば、その場の空気そのものを塗り替えてしまう。

「〜〜♪」

歌詞なんてない。

即興の旋律。

なのに妙に完成されていて、途切れ途切れのフレーズすら心地いい。

部屋の隅で胡座をかいていた成早零は、

手にしていた文庫本からそっと視線を上げた。

「……また変わった」

「んぇ?」

有栖が間の抜けた声を出す。

「今のメロディ。さっきと歌い方違う」

「え、そう?」

「うん。今のはちょっと柔らかかった」

「全然わかんない」

けらけら笑いながら、有栖は机に顔を埋める。

長い黒髪がさらりと広がった。

「ていうか零、よくそんな細かいのわかるねぇ」

「わかるよ。毎日聞いてるし」

さらっと返されて、有栖は少しだけ目を丸くした。

零はまた本へ視線を戻している。

いつも通り穏やかな顔。

けれど耳だけは完全に、有栖の声を追っていた。